【専門家の知恵】経営者は「裁量労働制」をどう活用したいのか?

公開日:2018年4月26日

<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>

 

 今国会に提出されている働き方改革関連法案のうち、「裁量労働制の拡大」に関する部分が分離・取り下げられる雲行きである。 厚生労働省が虚偽のデータを提出したことで、労働政策審議会の議論まで水泡に帰したという。最近の中央官庁の劣化もひどいものだが、例によって忖度が働いたのだろうか。「裁量労働制」そのものについても、労働時間が減るという前提でそれをを正当化する政府と、データ自体がおかしいとして議論を拒否する野党が対立し、本質論が全く表に出てこない。両者とも「裁量労働制」の意義を十分に理解していないのではないかと勘繰りたくもなる。 

 

◆誤解の多い「裁量労働制」

 そもそも「裁量労働制」は現行の労働基準法で規定されており、企画業務型と専門業務型の2種類がある。これが適用される労働者には、仕事の進め方はもとより、出社時刻、退社時刻についても裁量権が与えられ、自律的働き方が可能となる。しかしながら、裁量権が法の予定したとおりに与えられないと、際限のない長時間労働につながるリスクも併せ持っている制度である。そのため、労働基準法では雇用者が労働者に「裁量労働制」を適用する場合、厳しい規制が設けられているのだが、その規制を逸脱して違法または不適切な「裁量労働制」が企業主導で行われている事例も少なくないのが実態だ。

 「裁量労働制」には適用要件が決められているが、以下の要件を満たしていることが必要とされている。

①企画業務型・専門業務型ともに適用職種が限定列挙されており、これら以外の職種に「裁量労働制」を適用することは許されない。

②「裁量労働制」が合法であるためには、①の対象となる職種に当てはまるだけでなく、対象労働者本人の自由裁量での働き方が認められていることが必要である。例えば、上司の指示に基づいて業務を行っているような労働者に対しては、たとえ職種が要件に合致していても、「裁量労働制」の適用はできない。

③誤解されている経営者も多いが、「裁量労働制」の対象労働者であっても、労使協定の決め方によっては、時間外労働の割増賃金の支払いが必要である。休日労働の場合も同様である。さらに、深夜割増賃金は漏れなく支払う義務があるから、対象労働者の労働時間管理は少なくとも深夜労働については絶対に必要である。

④最後は、「裁量労働制」の「みなし労働時間」が適正であるかどうかが問われる。これについては、労使が業務の実態を踏まえ、「みなし労働時間」の時間数を合意することが条件となっている。仮に、企業が一方的に「みなし労働時間数」を決めてしまったというような場合は完全にアウトだ。

 これらの要件以外にも、対象労働者を保護するための健康確保措置等が企業内で構築および周知されていることも必要である。こう見てくると、「裁量労働制」とは厳格な法律要件をクリアしてはじめて合法的に導入できる制度なのである。

 

◆「裁量労働制」は時代の要請

 また、「裁量労働制」はこれにより労働生産性が向上するかの如く捉えられている節がある。生産性の向上は、その算定式から、「付加価値を高めた商品を販売する」、「労働者1人当たりの生産性を向上させる」あるいは「代替物の導入で労働コストを下げる」しか方法はない。「裁量労働制」の導入・拡大で意図しているのは「労働者1人当たりの生産性を向上させる」ことなのだろうが、これによって大きな効果が生まれることはないだろう。人間の能力には限界があるからだ。アメリカ経済、というよりシリコンバレー経済が世界経済を席巻しつつあるのは、そこに優れた技術やアイディアが生まれるような経営が存在し、その利益率が極めて高いからだ。最近の中国企業もその方向にシフトしている。生産性向上の視点では、それは「付加価値を高めた商品を販売する」という手法である。これを働き方に置き直せば、決められたことを規則正しく正確に行うルーティン的な仕事ではなく、新しいアイディアやビジネスモデルを生み出す、より創造的な仕事が求められるということになる。これには、本来の意味での「裁量労働制」という働き方が最も親和性が高いのは論を待たない。

 

◆「裁量労働制」は経営者のプレゼン事項…

 果たして、日本の経営者からは、どのようにして生産性を向上させるのか、そして世界といかに伍していくのか、といった声はあまり聞こえてこない。本質的に、「裁量労働制」の導入・拡大による生産性の向上が、労働者の問題ではなく経営者の経営課題であるにもかかわらず、である。

 経営者が、仮に短期的な利益を追求することが目的化しているようであれば、この「裁量労働制」はうまくいかないだろう。そこには、経営者と労働者の信頼関係や客観的に測定できる評価の仕組がないだろうから。「裁量労働制」を本当に意味ある制度として構築・運用していくことは、今後の日本に必要なことである。そして、それは企業の戦略でなければならない。国には、まずは企業経営者との薄っぺらな話し合いを排除し、徹底した経営議論を重ねていってもらいたい。そして、改めて「裁量労働制」に関する法案を提出するときには、明るい未来を前向きに語れる内容に仕上げていただくことを期待したい。

 

 

プロフィール

社会保険労務士 ファイナンシャル・プランナー(CFP®) 1級DCプランナー 大曲 義典
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)
1万円札を積み上げたら1万㎞の高さ、重さは10万トン。日本の抱える借金残高1000兆円の実態です。社会保障費の増加が主因です。事の本質を捉え、ゆでガエル状態からの脱却を目指した経営戦略支援を心がけています。

 

 

 

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