【専門家の知恵】給与計算間違えた!その対応で大丈夫?

公開日:2024年1月15日

 

給与計算間違えた!その対応で大丈夫?


<社会保険労務士法人SOPHIA 代表 松田法子/PSR会員>

毎月の給与計算は大切な業務であるが、人間が行う以上、どうしてもミスが生じることがある。給与計算のミスは些細であっても従業員本人にとっては重大な問題であり、ミスが続くと労使間の信頼関係を損なうことにもなりかねない。

今回は、給与計算において知っておきたい法知識と、ミスが生じた際の対応方法について解説する。

 

給与計算で知っておきたい法知識とは

給与計算のミスが発生した場合、翌月の給与支給時に清算するケースは多いと思う。しかし、この処理に問題はないのであろうか。

労働基準法第24条では賃金について次の定めがあり、いわゆる「賃金支払いの5原則」といわれている。

① 通貨払いの原則
給与を金融機関の口座に振り込むことにより支払っている企業がほとんどだと思うが、実は賃金は現金で支払わなければならないとされている。例外として、「労使協定を締結」し「本人の同意」を得た上で金融機関の口座に振り込むことができるとされている。なお、「同意」については、本人が振込口座の指定をすれば、同意が得られているとみなすことができる。(S63.1.1基発1号)

現物支給については原則できないことになるが、こちらについても、労働組合がある企業において労働協約に定めがある場合は可能となる。

② 直接払いの原則
賃金は本人に直接支払わなければならないとされており、本人の親権者その他法定代理人に支払うことも違法となる。ただし、代理との区別が難しいところだと思うが、使者に支払うことは差し支えないとされている。(S63.3.14基発150号)

③ 全額払いの原則
賃金は全額支払わなければならない。税金や社会保険料など法律上認められているものは控除することができる。よって、社宅の家賃等を勝手に控除することはできないが、労使協定に定められている場合に限り控除することができる。

④ 毎月1回以上払いの原則
賃金は毎月1回以上支払わなければならない。給与支給日が金融機関の休業日である場合、支給日を翌営業日にするケースがあるが、月末を支給日としている場合にそうすると、翌月に支払うことになり、毎月1回の支払いができなくなってしまうので休業日前の営業日に支払う必要がある。

⑤ 一定期日払いの原則
賃金は毎月一定の期日を定めて定期的に支払わなければならない。支払日の特定は「毎月20日」と暦日を指定するのが一般的である。「毎月第1月曜日」のような指定方法は月によって変動するためできない。

なお、この5原則に違反した場合には、罰則として30万円以下の罰金が適用される。

 

ケース別対応方法について

1.過払い分の清算について

給与計算のミスにより多く支払ってしまっていた場合、過払い分を翌月の給与で控除することは問題ないのであろうか。

先述の「賃金支払いの5原則」によれば、過払い分といえども控除については、労使協定が必要だといえる。

しかし、判例(福島県教祖事件、最高裁S44.12.18判決)では、以下の3要件を満たす場合は、労使協定がなくても控除することを認めている。

① 過払いのあった時期と賃金の清算時期とが合理的に密接した時期になされること
② あらかじめ労働者に予告しておくこと
③ その額が、多額にわたらず、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれがないこと

行政上も、「前月分の過払賃金を翌月分で精算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであるから、法第24条の違反とは認められない(S23.9.14基発第1357号)」としており、労使協定があるか、3要件を満たす場合は大きな問題は生じないように思われる。

しかし、過払い分の清算のための賃金控除については、民法第510条(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)、民事執行法第152条(差押禁止債権)の適用を受け、通勤手当、および公租公課を除外した賃金額の4分の1までしか控除できないので注意が必要だ。

なお、過払い分の返金を従業員が拒絶する場合、会社は返金して貰うことはできるのであろうか?

従業員は過払い分の支払いを受ける権利はなく、民法703条(不当利得の返還義務)に定める不当利得の返還義務があるといえる。従業員には説明した上で、対応したい。

2.不足分の清算について

給与計算のミスにより、支払った給与の額が本来支払う額よりも少なかった場合はどうだろうか。この場合は、先述の「賃金支払いの5原則」の「全額払いの原則」にも反し、従業員本人にも迷惑を掛けることになる。できるだけ速やかに清算払いし対応するのが良いといえる。

春は社会保険料の変更、昇給、異動等、給与計算においてミスが生じやすい時期である。また、2023年4月から中小企業においても60時間超の割増賃金率が50%以上となっている。給与計算においてミスが生じないようご注意頂き、ミスが生じた場合でもまずは従業員に謝罪をした上で、適切な対応を行って頂きたい。

 

プロフィール

社会保険労務士 松田法子

社会保険労務士法人SOPHIA 代表
(https://sr-sophia.com/)

人間尊重の理念に基づき『労使双方が幸せを感じる企業造り』や障害年金請求の支援を行っています。採用支援、助成金受給のアドバイス、社会保険・労働保険の事務手続き、給与計算のアウトソーシング、就業規則の作成、人事労務相談、障害年金の請求等、サービス内容は多岐にわたっておりますが、長年の経験に基づくきめ細かい対応でお客様との信頼関係を大切にして業務に取り組んでおります。

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