【専門家の知恵】脳・心臓疾患の労災認定基準の改正による安全配慮義務への影響と予防策

公開日:2022年11月8日

<つまこい法律事務所・弁護士 佐久間 大輔>

 

 昨年、脳・心臓疾患の労災認定基準が改正された。労災保険給付を支給するか否かの問題であるので、企業に直接の影響はないと思われるかもしれないが、労災認定されるということは、労働基準法に基づき使用者が負う災害補償責任が政府管掌の保険給付によって履行されるということである。災害補償責任と損害賠償責任は関連するので、労災認定後の損害賠償請求の可能性が高まる。そこで、労災認定基準から使用者が負う安全配慮義務の内容と履行を考察することとしたい。  

 

改正認定基準による安全配慮義務の拡充 

 厚生労働省は、2021年9月14日、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」を20年ぶりに改正した。

 改正認定基準は、1日5~6時間未満の睡眠時間から逆算する過労死ラインについて、発症前1か月間に100時間超または発症前2~6か月間に月平均80時間超の残業という基準を引き下げなかった。しかし、過労死ラインには至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、労働時間以外の負荷要因も考慮し、業務と発症との関連性が強いと判断するとの2段階評価を設けた。過労死ラインに近い時間外労働とは、長時間労働と脳・心臓疾患の発症等との間に有意性を認めた疫学調査では長時間労働を1週55時間以上または1日11時間以上の労働時間として調査・解析されていることから、これが1か月継続した状態としておおむね65時間(≒1日3時間×21.7日)を超える時間外労働の水準が想定される。すなわち、1か月間当たり65時間を超える法定外労働時間が認められ、かつ業務による質的負荷要因が存在していれば、労災認定される可能性がある。

 一方、業務による質的負荷要因として、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、暑熱環境や身体的負荷を伴う業務が新たに挙げられた。勤務間インターバルについては、交替制勤務など勤務形態の特性から短くなる場合だけでなく、結果として、時間外労働により終業時刻が遅くなり、次の始業時刻までの時間が短くなった場合も含まれる。

 また、心理的負荷の要因については、精神障害の労災認定基準で定められた「業務による心理的負荷評価表」を一部流用して追加された。

 さらに、交替制勤務と深夜勤務の負荷評価が緩和された。勤務時間帯やその変更が生体リズム(概日リズム)と生活リズムの位相のずれを生じさせて疲労の蓄積に影響を及ぼすことを理由に、交替制勤務と深夜勤務それ自体を負荷要因として検討し、労働時間と合わせて評価することになる。

 認定基準の改正は補償に関する政策の変更であるとはいえ、労働の量と質の両面を総合することにより、使用者が負う安全配慮義務自体もその内容が拡充されることは否定できない。
 使用者が安全配慮義務(予防)に違反すると損害賠償義務(補償)が発生するため、予防と補償は表裏一体である。

 そこで、拡充された労災認定基準をツールとして活用し、企業ごとの実情に応じた予防策を検討することが肝要である。  

 

職場の活性化に繋がる環境改善 

 過労死等防止対策白書(令和2年版)によれば、第3次産業1社の単年度データだが、1週当たりの労働時間が35-50時間群より50時間超群の方がLDLコレステロールやイライラ感、疲労感が高かった。また、作業前の安静時血圧が正常範囲内である30~50代の健常男性が9~22時に座位姿勢で9~22時に簡単なパソコン作業(模擬長時間労働)を行った際の血圧を測定したところ、19時15分~22時の時間帯において、収縮期血圧が40代は130mmHg以上、50代は140mmHg前後を示し、30代との有意差が認められた。

 また、同白書(令和3年版)によれば、月当たりの平均労働時間とストレスチェック結果との関係をみると、労働時間が長くなると、不安感や疲労感に関する項目の平均点が高く、活気に関する項目の平均点が低くなる傾向がみられた。
 このように長時間労働が健康状態に及ぼす影響は最近の研究でも明らかにされている。

 ところで、同白書(令和2年版)によれば、労働者調査結果、企業調査結果ともに、所定外労働(残業)が生じる理由の上位3位は、「業務量が多いため」、「人員が不足しているため」、「仕事の繁閑の差が大きいため」が占める。また、企業調査結果によると、過重労働防止に向けた取組を実施する上で困難に感じることは、「人員不足のため対策を取ることが難しい」が最多であり、「労働者間の業務の平準化が難しい」と続く。

 人員の増加や適正配置など、職場集団レベルでは解決できない課題は、経営者がトップダウンで達成する必要がある。

 一方、職場ごとの問題点を知っているのは労働者であり、その解決策を出せるのも労働者だ。職場からのボトムアップにより職場環境を改善することが望ましい。労働者参加型で、優先して解決すべき長時間労働の要因や業務による質的負荷要因を抽出した上で、実施可能な対策からまず開始して効果を把握しつつ、対策の改善を図ることが肝要である。労働者間の業務量を平準化するためには、職場集団レベルで標準作業と標準時間を設定することが前提となる。この検討を通じてムダな業務の削減やOJTによる育成を推進することにより、限られた人員の中で受注変動や繁忙期での人員応援など柔軟な対応が可能となり、仕事の繁閑差の縮小やリードタイムの短縮が実現できる。

 それにとどまらず、より積極的に職場のよい点を挙げ、どのような職場にしていきたいかという視点も加えて多角的に検討する。そうすることで職場の人間関係が良好となり、労働者個人レベルのストレス対処にも繋がることになる。

 このような地道な取り組みを全社的に継続していくことが同時に、使用者が安全配慮義務を尽くしたことになる。ひいては従業員のモチベーションの向上や定着率の上昇に繋がり、顧客へのサービスレベルが向上して企業の持続的な発展に資するといえよう。 

 

プロフィール

つまこい法律事務所・弁護士https://mentalhealth-tsumakoilaw.com/
弁護士 佐久間 大輔
労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。

 

 

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