<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬/PSR会員>
毎月、定額の残業代を固定的に支払う固定残業代制。実は、この制度には、“残業代の支払い不足”が生じやすいという問題が内在している。そこで今回は、固定残業代制を採用する企業が陥りがちな制度運用の誤りを紹介しよう。
固定残業代制とは
法律で定められた「1日8時間まで、1週間40時間まで」という労働時間数を超えて従業員に時間外労働をさせた場合には、通常の賃金に一定の割増を付けた残業代の支払いが必要になる。
本来、残業代は、実際に行った時間外労働の時間数に応じて支払われるものである。10時間の時間外労働には10時間分の残業代が、20時間の時間外労働には20時間分の残業代が支払われるのが通常である。
これに対して固定残業代制とは、毎月、定額の残業代を固定的に支払う手法である。時間外労働が10時間行われても、20時間行われても、あらかじめ定められた同一金額が残業代として支払われる。そのため、「定額残業代制」「みなし残業代制」等の名称で導入されることもある制度である。
企業が本制度を採用している場合、時間外労働が少ない月についても、従業員は他の月と同額の残業代を受け取ることが可能になる。そのため、固定残業代制は「収入が安定しやすいメリットがある」と説明されることもあるようである。
“残業代の支払い不足”が生じやすい固定残業代制
ただし、固定残業代制には、“残業代の支払い不足”が生じやすいというデメリットも存在している。
本制度では、毎月、固定的に支払う残業代について、「何時間分の残業代か」が明確にされている必要がある。例えば、「20時間分の残業代として、4万円の固定残業代を支払う」といった具合である。
この場合、実際の時間外労働が月に20時間を超過した場合には、企業側は超過した分の残業代を固定残業代とは別に支払わなければならない。実際に行った時間外労働が25時間であれば、固定残業代として支払う20時間分との差額の5時間分について、別途、残業代を支払う必要があるのである。
ところが、固定残業代制を採用する企業では、残業代の差額支払いを怠るケースが少なくない。つまり、25時間の時間外労働をした従業員に対し、20時間分の固定残業代しか支払わないという取り扱いを行いがちである。その結果、差額の5時間分について、“残業代の支払い不足”が発生するわけである。
正しい制度運用には労働時間管理が必要
なぜ、固定残業代制を採用する企業の中には、上記のような誤りを犯すケースがあるのだろうか。典型的な理由は、「固定残業代を支払えば、残業代の支払いに不足はない」と誤解しているためであろう。そのように判断する企業の中には、時間外労働の時間数の把握は不要との考えから、従業員の労働時間管理を全く行わないケースさえ散見される。
しかしながら、労働基準法及び労働安全衛生法上、企業は従業員の労働時間について適正に把握・管理する責務を有している。この点については、固定残業代制を採用する企業も例外ではない。
従業員の労働時間を適正に把握・管理するには、従業員ごとに毎日の始業時刻及び終業時刻を確認し、記録しなければならない。その際は、タイムカードやICカード等の客観的な記録を基礎にすることが原則とされている。
固定残業代制を採用する企業も、「従業員の労働時間を把握・管理する」という法律上の責務を果たすことにより、初めて残業代の差額支払いが適切に行えることになるのである。
安定的な企業経営に必須の適切な勤怠管理
令和5年8月に厚生労働省が公表した「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和4年4月から令和5年3月までに実施)」によると、対象とされた3万3,218事業場のうち18.3%に当たる6,069事業場が、労働時間の把握が不適正である点について労働基準監督署の指導を受けている。
また、同省の「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和4年)」によると、労働基準監督署の指導により、令和4年に“支払い不足の残業代”等を100万円以上支払った企業は1,335社に上る。
以上のように、「労働時間を適正に把握しない企業」「残業代を正しく支払わない企業」は、労働基準監督署の指導対象と位置付けられている。従って、企業が行政機関の指導を受けることなく安定的な経営を継続するには、適切な勤怠管理に基づく労働時間管理を励行し、残業代を不足なく支払うことが不可欠となる。
固定残業代制を採用する企業は従業員の労働時間管理を適切に行い、残業代の差額支払いを正確に行うことが必須である。本制度を採用する企業の皆さんには、ぜひ自社の制度運用を再点検していただきたい。
《参考》
厚生労働省ホームページ:長時間労働が疑われる事業場に対する令和4年度の監督指導結果を公表します
厚生労働省ホームページ:賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和4年)
プロフィール
大須賀 信敬
コンサルティングハウス プライオ 代表
(組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)
コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表
中小企業の経営支援団体にて各種マネジメント業務に従事した後、組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・組織の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員。