【専門家の知恵】有期労働契約の無期転換制度は簡単ではない

公開日:2017年12月8日

有期労働契約の無期転換制度は簡単ではない

<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>

 

 平成24年に改正された労働契約法では、その第18条で有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申込により、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)が成立したものとみなされる無期転換制度が規定された。改正法は平成25年4月1日から施行されているので、原則として来る平成30年4月1日以降に無期転換権が発生することになる。

 この制度に適切に対応するためには、過去・現在・未来にわたる諸制度に関する基本的事項を理解しておくことが必須となる。なぜなら、働き方改革はじめ雇用・労働法制が大きなうねりの渦中にあり、これらを見据えて対応しなければならないからだ。本稿では、各企業が無期転換制度を考えるにあたって理解しておくべき主なポイントについて解説することとする。

 

◆労働契約法の性格

 まず、労働契約法とはどのような法律なのか?この法律は平成20年3月1日に施行されているが、労働契約に関する基本的事項を、従来からの判例法理を成文法化することにより、労働に係る民事紛争の解決を図るという基本的性格を持っている。労働基準法が、労働契約の最低基準効を定め、罰則をもって当事者の履行を担保しているのに対し、労働契約法は個別労働関係紛争を解決する私法領域の法律なのである。民法の特別法として位置づけられるため、労働基準監督官による監督・指導は行われず、刑事罰の定めもない。また、労働行政法ではないため行政指導の対象ともならない。

 従って、本法に違反しても、誤解を恐れずに言えば、民事上の紛争が生じなければ適用されることのない法律なのである。もちろん、逆に対応を怠れば、民事訴訟で大変な目に遭うことになるわけだが。

 これらの点を踏まえておかないと、行政からの事前の規制が及ばないため、個別労働紛争が起こってからでは手遅れという事態を招きかねない。今回の無期転換制度も、この労働契約法の性格・特徴を理解することから始めなければならない。

 

◆みなし有期労働契約とは

 次は、労働契約法第19条に定められている「有期労働契約のみなし更新」についてである。これは、形式的には有期労働契約であっても、一定の場合には雇止めが許されず、当該契約が更新されたものとみなす、という制度である。この規定は、「東芝柳町工場事件(最小判S49.7.22)」及び「日立メディコ事件(最小判S61.12.4)」という有名な判例を法律化したものである。

 具体的には、➀有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合 ②有期労働契約の期間満了後の雇用継続につき、労働者の合理的期待が認められる場合 には、有期労働契約の雇止め(契約更新拒否)が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、当該契約が更新(締結)されたものとみなすという規定である。

 この場合の「みなされる」というのは、使用者の「雇止めの意思表示」に対して、労働者が「異議を唱えたり」「雇用継続を希望したり」すれば、それが有期労働契約の申込とされ、その申込に対し使用者は承諾したものとされる、という理論構成がされている。この場合の労働者の申込は、いわゆる形成権といわれるものである。

 企業によっては、有期労働契約だから漏れなく期間満了で雇止めできるだろう、と考えがちだが、概ね9割以上の有期労働契約が「みなし更新」に該当する可能性が高い。もちろん、労働契約法の規定を素直に適用すればの話だから、これを無視することは企業の勝手ではある。そのかわり、民事紛争で雇止めが無効と判断されてしまうという爾後のリスクは自ら負担しなければならないのは言うまでもない。

 従って、自社の有期労働契約の実際の運用をつぶさに検証し、果たして「雇止め」のリスクの有無を図っておくことが肝要である。仮に、不適切な運用をしていれば、確実にみなし更新が適用され、労働者に無期転換権が与えられるが、企業はそれに対応する制度構築ができていないという由々しき事態に陥ることになる。

 

◆同一労働同一賃金と無期転換制度

 国の働き方改革の一環で、「同一労働同一賃金ガイドライン(案)」が昨年12月に公表された。この種のガイドラインは法律が公布・施行されて以降に発出されるのが通例であるが、今回はイレギュラーな手法がとられた。これが何を意味するのかは不明だが、おそらく企業への「心構え」や「準備」を急くためであろう。

 この「同一労働同一賃金ガイドライン(案)」は、正社員と有期・パート等の非正規社員との均等・均衡待遇を図る主旨で、関連法の改正を経た後に適用されることとなっている。具体的には、労働契約法第20条(有期契約労働者と無期契約労働者の不合理な労働条件の禁止)を廃止し、パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)に移管することで、いわゆる非正規労働者のカテゴリーをパートタイム労働法(名称は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に変更される)に一元化することで、有期契約労働者及び短時間労働者等の非正規社員と正社員との均等・均衡待遇を図らねばならないとされる見込みである。しかも、この法律は労働契約法と異なり労働行政法であるから、労働行政当局からの行政指導が実施されることになる。従って、法施行以後は非正規社員の処遇が正規社員に近づかざるを得ない環境が整いつつあると認識しなければならない。

 以上から分かるように、無期転換されたフルタイム労働者は同一労働同一賃金の対象からは外れる。当該労働者は正社員とみなされてしまうからだ。しかしながら、今後の雇用管理が「正社員」「無期転換社員」「有期契約社員」としたときに、正社員と有期契約社員との均等・均衡処遇に対応するだけで事足りるかと問われれば、否という答えになる。法理論的には対象外であっても「無期転換社員」の処遇を蚊帳の外に置くことは現実的にはあり得ないからだ。

 同一労働同一賃金で問われているのは、誰と比べるかではなく、正社員に適用されている制度を他の雇用管理区分の社員にどのように適用するか、の問題である。従って、企業としては、無期転換社員の労働条件が従前の有期契約社員時代と同一でいい、という判断に固執すればとんでもないしっぺ返しに遭う可能性が高くなるだろう。恐らく、裁判においても法の主旨が生かされるのではなかろうか。

 従って、企業は同一労働同一賃金時代の到来とその主旨を十分視野に入れた無期転換社員制度を検討していかねばならないことになる。

 

◆無期転換制度構築は経営者の手で

 ここまで、無期転換制度を考えるにあたって理解しておくべき基本的事項を解説してきた。最後に強調しておきたいのは、これまでの自社の有期労働契約の実務的運用が疎かになっていなかったか、をしっかりと検証・見直すことが第一。それから、自社の今後の雇用管理がどうあるべきかを経営者が主体となって検討することが第二。同一労働同一賃金は、今後の日本の雇用の在り方が転換していく第一歩であるから、それに直結する雇用管理制度を構築するのは経営者以外にない。無期転換制度は、人事担当社員が事務的に処理する類のものではないことを肝に銘じるべきである。現在の人手不足感に惑わされない長期的な視点での対応が求められている。

 

 

プロフィール

社会保険労務士 ファイナンシャル・プランナー(CFP®) 1級DCプランナー 大曲 義典
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)
1万円札を積み上げたら1万㎞の高さ、重さは10万トン。日本の抱える借金残高1000兆円の実態です。社会保障費の増加が主因です。事の本質を捉え、ゆでガエル状態からの脱却を目指した経営戦略支援を心がけています。

 

 

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