産業医が答えるストレスチェックQ&A⑱

公開日:2010年4月7日

質問18.どのような点が課題として挙げられているのでしょうか?

 

 

大きくわけて以下がこれまで議論されている課題です

1.科学的根拠の乏しさと先行して実施された政策に対するアウトカム評価不足
2.自主的管理まで落とし込めている先行事業場でのメンタルヘルス対策との整合性
3.中小事業所の負担と、しわ寄せを被りかねない労働者への不利益
4.個人情報の取り扱いとその保護

1.については日本産業衛生学会産業精神衛生研究会や日本精神神経学会が課題視してきています。その理由としては、これまで実施されてきた労働者健康確保政策(例:労災保険による二次健診、深夜業の自発的健診、長時間労働者に対する医師による面接制度、特定保健指導)に対する全国レベルでのアウトカム評価はなされてきていない事となっています。

しかしながら学会発表や学術誌で長時間労働者に対する医師による面接制度や特定保健指導によるメンタルヘルスへの効果は確認され始めていますし、筆者も共同研究者として関係したものもございます。“暗い”と不平をいうのではなく、進んで灯りを点ける【一灯照隅】の推進により、国民の福利厚生に寄与していくものと期待しています。

2.については、臨床心理士によるメンタルヘルス対策といった、事業場の特性に合わせて先進的に発展させてきた先行事業場からしたら、質問8の回答にあるように“希望しない限り受ける必要がない”と労働者に受け取られてしまったり、個人情報保護の厳格化・煩雑化から、労働者とのカウンセリングの前に“管理のための管理”に終始せざるをえなくなるといった退歩を余儀なくされる点が懸念されています。その点に対しては質問9以降で述べたように、丁寧な対応を労働者と共に歩むことと考えます。

3.については、
①グローバル社会の中、国外市場において戦わなければならない国内企業からしたら、労働法規に因る規制緩和や撤廃を求めている中です。規制強化の動きは内心、歓迎したくはない思いがあるものと想像できます。
②これまで先行したメンタルヘルス対策を進展させてきた大企業であれば、ストレスチェックでひっかかった労働者が産業医等による医師面接に臨むことへの同僚からの視線や、面接に所要するコスト面に対する事業者からの抵抗は少ないでしょう。でも中小企業の場合には、以下が想定されます。ストレスチェックにひっかかったことを事業者側に労働者が同意して通知がなされたとたん、不利益な取り扱いは禁止されているとしても退職を強要される可能性は棄てきれません。したがって無理をおす労働者が出る場合が想定しえます。

また、いくら「知らないこと」が安全配慮義務を総裁するには不十分だとする判例(解雇無効確認等請求事件 平成26年3月24日最高裁第二小法廷)があっても、事業者においては“通知がないからもっと働かせて大丈夫だ!”と捉え、労働者に更なる過重をかけてくる場合も想定できます。将来的に過労死や過労自死(自殺)につながった場合、“(ストレスチェックにひっかかったのに通知を希望しなかった)労働者側が悪い!”と言い逃れする経営者が出ることが想定しえます。

これらに対しては、この「ストレスチェック制度」は病人探しではなく、労働者が肉体的なだけではなく精神的にもより健康に、生き生きと働くことが可能な、生産的かつ合理的な職場環境の整備を目指したものです。事業者が丁寧な対応を、衛生管理者や『プロフェッショナル産業医』らと執り行うことで、グローバル社会の中であっても、サバイバビリティや持続継続性をより具有しやすくなっていくものと期しております。

4.については、保護の観点から、労働者の同意が必要となりました。その結果これまで表立って問題視された記述は確認されていませんが、筆者は以下の課題があるものと想定しています。
それは自責の念が強く、几帳面で真面目、仕事熱心な方がなるのが、精神医学界における本来の意味での「うつ病」です。しかしそのような性格傾向(メランコリー親和型性格)がある方は、今回の「ストレスチェック」は拒否せず受けはしますが、その結果の事業者への開示については“自分は問題ない”“迷惑をかけるわけにはいかない”と無理を押し続けることから、これらの方々の意見を職場環境改善に反映することは難しい場合がありうるものと想定されます。

一方、いわゆる“新型うつ”とマスコミでも報じられているからご存じの方が多いと考えて記載します。最近、うつ病になっている方の性格背景には、他罰的で根拠のない自信や漠然とした万能感を持つ性格傾向を持つ割合が多いとの考察がなされています。この「ストレスチェック制度」導入で、このような『ディスチミア親和型』という性格傾向を持つ方は「ストレスチェック」結果で『高ストレス』と示された場合には、事業者への結果開示や面接の申出、更には職場環境の改変を強く求めることが出る場合が想像できます。その場合には職場の社内秩序を乱され、事業者側は振り回されてしまいます。

対策としては、面接を行う医師の技量と組織をあげての対応になります。より働きやすく生き生きとした職場環境の改善を目指しているのがこの「ストレスチェック制度」導入の目指す方向性です。一将成りて万骨狩るであってはなりません。
 
参考
厚生労働省 労働基準局 安全衛生部. 平成26年9月1日 改正 労働安全衛生法Q&A集
岩崎昭夫. ストレスチェック制度がもたらしうるもの.健康開発19(2):9-14,2014
櫻澤博文.職場におけるメンタル疾患の発症予防と改善方法について 【前編】
―定期健診時メンタルチェック法定化後の保健指導のあり方とは-メンタルヘルスマネジメント2(5):49-54,2014
櫻澤博文.職場におけるメンタル疾患の発症予防と改善方法について 【後編】―定期健診時メンタルチェック法定化後の保健指導のあり方とは-メンタルヘルスマネジメント2(6):52-57,2014
堀江正知.職場のメンタルヘルス対策としてのストレスチェックの法制化.健康開発18(3):17-39,2014
櫻澤博文. 科学的根拠に基づいた精神保健政策の推進.安全衛生コンサルタント 2014;34(111):54-57
Amagasa T, Nakayama T. Relationship between long working hours and depression in two working populations: a structural equation model approach. JOEM 2012; 54(7):868-874
Amagasa T, Nakayama T. Relationship between long working hours and depression: A 3-year longitudinal study of clerical worker. JOEM 2013;55(8):863-72
樽味伸. 現代社会が生む“ディスチミア親和型”.臨床精神医学2005;34: 687–694.
神庭重信.うつ病の文化生物学的構成. 現代うつ病の臨床(神庭重信, 他編), 創元社;2010: p98–119

 

 

 

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