「うちの会社はまだ大きなトラブルはないけれど、実際に問題が起きるとどう対応すればいいんだろう?」
「労務トラブルってどんなパターンが多いんだろう?」
そう感じている人事労務担当の方も多いのではないでしょうか。
今回は、いくつかの“労務トラブル”事例と、その予防策についてお話しいたします。トラブルが起きてから慌てるのではなく、あらかじめこんなトラブルも起きるものだなとイメージしておくのもよいかもしれません。
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残業代の未払いトラブル
A社の事例
残業した分の申請を各自で行うルールになっていましたが、忙しいときは申請が後回しになり、正確に残業時間が記録されないケースが増えていました。
結果的に「実はもっと長く働いていたのに、残業代が支払われていない」という社員からの訴えがでました。
B社の事例
忙しいからということで深夜でも休日でも制限なく仕事をし、勤怠に入力していたことで、長時間残業になり残業代が膨大になりました。
なぜ起こる?
- 申請が本人任せで、実態とのズレが大きい
- サービス残業(打刻せずに働くなど)に会社が気づいておらず、結果として未払いとなっていた
- 上司が残業の実態を把握しておらず、深夜や休日も自由に仕事をしていたことで残業代が膨大になった
- 36協定の範囲を超えた残業が行われていても、会社が把握できていなかった
予防策
- 勤怠管理システムの導入や、入力徹底の指導を行う
- 勤怠入力の運用ルールを見直し、上司が残業時間をチェックしたり、最終的に人事労務管理者もチェックする2段階チェックで漏れを防ぐ
- 残業の申請ルールを就業規則や社内マニュアルに明確に定め、社員に周知
- 深夜や休日でも対応せざるをえない緊急業務なのかなどを会社側でも把握し、深夜や休日などは許可制に長時間残業にならないように管理する
ハラスメント(パワハラ・セクハラなど)
C社で起きたパワハラ問題
C社では、上司の指導が部下に「パワハラ」と受け取られ、精神的苦痛を訴えて退職を申し出る社員が発生しました。上司は「厳しく指導しただけ」と主張していましたが、実際には言葉遣いや態度に問題があり、部下の人格を否定するような発言が確認されました。社員側は弁護士を通じて損害賠償を請求。会社との関係が深刻にこじれる事態となりました。
なぜ起こる?
- 「指導」と「ハラスメント」の線引きが曖昧:上司は業務指導のつもりでも、強い口調や威圧的な態度があれば、受け手には精神的な攻撃と感じられることがある
- 社内に相談体制がなく、外部に直接相談されてしまう:相談窓口が社内に整備されていないと、社員は孤立しやすく、社外機関や弁護士に直接相談が及び、事態が手に負えなくなるリスクがある
- ハラスメントに関する教育が不十分:ハラスメント防止の研修を実施していない場合、「時代の価値観」に対する感度が鈍くなっている
予防策
- ハラスメント防止ポリシーを明文化:就業規則や社内ルールにハラスメント防止の方針を明記し、すべての社員に周知する
- 相談窓口の設置:社内の相談担当者や外部ホットラインなど、社員が安心して相談できる仕組みを整備する
- 管理職・リーダー研修の定期実施:「どのような言動がハラスメントに該当するのか」を継続的に学ぶ機会を設けることで、職場全体の意識が高まる
- 通報後の対応フローの整備:通報があった場合の調査方法や処分基準を明確にしておくことで、迅速かつ公平な対応が可能になる
有給休暇のトラブル
D社の事例
D社では「うちは忙しいから有給休暇は取れない」という暗黙のルールがあり、社員が休みを申請しても上司に却下されるケースが続いていました。
次第に社員の間では不満や不信感が広がり、社内の雰囲気も悪化。結果的に、退職者が相次ぐなど、組織として大きな損失を抱える事態に発展してしまいました。
なぜ起こる?
- 「有給休暇は上司が許可するもの」と誤って認識している管理職がいる
- 年5日の有給休暇取得義務を知らない
- 繁忙期と申請時期が重なった場合に、一方的に却下してしまう
予防策
- 「有給休暇は労働者の権利であり、会社側は原則として与える義務がある」ことを管理職に周知する
- 年5日の取得義務をクリアするため、計画的付与や取得しやすい仕組みを整える
- 有給残日数や取得状況を社員自身が確認できるようにし、管理側も把握する
解雇・退職時のトラブル
E社の事例
E社では、業績不振を理由に、生産性が悪い社員を突如解雇しました。
しかし解雇手続きに不備があり、社員から「解雇権の濫用だ」として訴訟を起こされることに。最終的に会社は不当解雇として裁判で敗訴し、解雇無効に。多額の解決金を支払うことになりました。
なぜ起こる?
- 解雇手続きに関する就業規則が曖昧、あるいは整合性が取れていない
- 客観的に合理的な理由がないまま、「業績が悪いから」として解雇し、解雇要件を満たしてなかった
予防策
- 就業規則に解雇の事由・手続きを記載
- 急な解雇ではなく、人員配置や業務改善指導、配置転換など他の可能性を探る
- やむを得ず解雇する場合は、解雇要件を確認し慎重に進める
テレワークの労働時間トラブル
F社の事例
F社ではコロナ禍をきっかけにテレワークを導入。しかし社員が「在宅でも常に会社PCをオンライン状態にして仕事していた」と主張し、実際の労働時間を大幅に超える残業代請求を行うことに。
会社は「そこまでは働いていないだろう。実際業務の途中にゲームしているというのを同僚が言っていた」と反論するも、勤怠記録が不十分で労基署の調査で苦しむはめに。
なぜ起こる?
- テレワーク時の始業終業が自己申告制で曖昧
- 会社と社員で「どこからが仕事時間なのか」の認識がずれている
- サービス残業や深夜労働が横行していても把握できない
予防策
- 勤怠管理システムやログ管理をセットにして、テレワークでも労働時間を正確に記録
- 上司が労働時間をチェックし、残業については許可制にする
- テレワーク規程を作り、「仕事開始は打刻する」「休憩時間はシステム上でも休憩入力する」「深夜残業や休日に残業せざるを得ないときのルール」を明文化し周知
事前の対策こそが最大の予防策
これらの事例を見てもわかるように、労務トラブルは「知らなかった」「曖昧だった」ことから発生することも多いものです。働き方改革関連法やハラスメント防止法など、法改正が進む中で、企業には適切なルール整備と周知が求められています。
- 就業規則・賃金規程の整備・改定
- 労働時間管理の見える化(システム導入や申請フローの徹底)
- 相談窓口や通報制度の設置
- 管理職研修やハラスメント防止研修の実施
こうした取り組みを実施することで、大きなトラブルに発展させないことも重要です。
まとめ:小さな火種を見逃さないために
労務トラブルは、いったんこじれると会社のイメージダウンや大きな損害にもつながりかねません。
しかし、多くのトラブルは「しっかりルールを決めて周知する」「不満や疑問を早めにキャッチする」といった基本的な対策を行えば防げるものも多いです。
初めて人事労務を担当する方でも、日頃から社員とのコミュニケーションを大切にし、就業規則や社内ルールを定期的に見直すことで、問題の発生率はぐんと下がるはずです。
万が一トラブルが起きそうになった場合や、すでに起きてしまった場合は、慌てずに社労士や弁護士などの専門家に相談し、適切な対応をとりましょう。
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執筆者
米澤裕美 特定社会保険労務士
(https://www.office-roumu1.com)
ネットワーク機器のトップメーカーにて、19年間インサイドセールスや業務改善チームの統括リーダーとして勤務。
途中2度の育児休業を取得。社内の人間関係の調整機会も多く、コミュニケーションや感情の重要性を日々実感してきた。
業務効率化の取り組みとして、社内ポータルサイトの立ち上げにも注力。
本社営業部門3S運動(親切・すばやい・正確)で1位に選出。
退職後、社労士法人勤務を経て、独立開業。現在は、複数企業の人事労務相談顧問、執筆などを行っている。