はじめての人事労務~初任者のための実務講座~「はじめての就業規則作成」の回では、就業規則は法的効力のある会社運営のルールブックであること、また作成の流れやポイントなど基本的な知識をお話ししました。
ここでは、就業規則作成の具体的な注意点や労働基準監督署への届け出、策定後の運用や改定についてお話しします。
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新たに就業規則を作成するとき
まずは法定必須事項を押さえる
就業規則には、労働基準法で「これだけは必ず書かなければならない」とされている項目(絶対的必要記載事項)があります。
- 始業・終業時刻、休憩・休日・休暇、交替制の場合には就業時転換に関する事項
- 賃金の決定方法や計算・支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期
- 昇給に関する事項
- 退職・解雇に関する事項
自社の独自ルール(福利厚生や手当など)を反映しながら作成します。
インターネット上のひな形をそのまま使わない
就業規則のひな形は数多くありますが、大企業向けの制度を前提としたものや、労働者に有利すぎる条件を盛り込んでいるケースも少なくありません。そのまま利用すると、たとえば「とても長い休職制度」や「退職金の支給」が規定されている可能性があります。
いったん就業規則に明記した内容は、会社として守る義務が生じます。たとえば、「退職金を支給する」と書いたら、必ず支給しなければなりません。自社の規模や財務状況、運用体制と照らし合わせ、現実的に運用ができるかどうかを判断しながら規定文を慎重に検討しましょう。
労働者代表(過半数代表者)の意見を聴く
就業規則を作成・変更するときは、「労働者代表の意見を聴くこと」が義務づけられています。
- 労働者代表の意見を書面化(意見書)して、「就業規則届」と一緒に労働基準監督署へ提出
形だけにならないよう、社員の声を反映すると、現場でスムーズに運用できる就業規則が作れます。
労働基準監督署へ届け出る
常時10人以上の労働者を使用する事業場が就業規則を作成または変更する場合、下記の書類を所轄の労働基準監督署へ提出する必要があります。
- 就業規則変更届(就業規則届)
- 就業規則の正本と副本(各1部ずつ、合計2部)
- 労働者代表の意見書
提出が受理されると、副本には受理印が押されて会社に返却されます。受理印が押された副本は社内に備え付け、いつでも労働者が閲覧できるようにしましょう(労働基準法第106条に基づく周知義務)。
届け出後のチェックと優先される法令
労働基準監督署では、就業規則の内容をチェックされることはあまりありません。仮に法律違反となる規定が含まれていても、労働基準法第13条により法律が優先され、不当な規定は無効扱いとなります。
つまり、届け出たからといって、その内容がすべて有効になるわけではなく、違法な内容は法的効力を持ちません。
とはいえ、法律に違反する文言や、実態と大きく乖離した制度が記載されていると、後に従業員とのトラブルの原因になることがあります。
そのため、就業規則を作成・変更する際には、社会保険労務士や弁護士など、労務の専門家に相談しながら進めることをおすすめします。
就業規則を改定するとき
就業規則がすでにある会社でも、法改正や社内ルールの変更などに伴って、改定が必要になる場合があります。
何をどう変えるのか、新旧対照表で整理
就業規則を改定する際には、「旧:従来の規定」と「新:改定後の規定」を比較できる“新旧対照表”を作るとわかりやすいです。
- どこをどう変えたかを社員にも説明しやすい
- 労働基準監督署への届け出時にも便利
- 全面改定で改定箇所が多く書ききれないときは、全面改定といった記載でも問題ありません。
再度、労働者代表の意見書を添付
改定時も、新規作成と同様に、労働者代表の意見を聴き、意見書を用意する必要があります。その上で、新旧対照表や改定後の就業規則をまとめて、労働基準監督署へ届け出ます。
届け出たら終わり…ではない!
社員への周知が必要
就業規則は「社員がいつでも見られる状態」にしておかなければなりません。具体的には、以下のような方法があります。
- ファイルを事務所のわかりやすい場所に備え付ける
- 社内ポータルやクラウドにPDFをアップし、必要なときにすぐ確認できるようにする
- オリエンテーションや研修でポイントを紹介し、規則の存在を伝える
たとえ全員が就業規則を読み込むわけではなくても、「必要なときに見られる状態」にしておくことが重要です。「規則はあるらしいけどどこにあるかも分からない…」という状態にならないようにしましょう。
会社の理念や価値観を再確認
就業規則は法律で定められた最低ラインをまとめるものですが、会社独自の方針(たとえば、ワークライフバランスや育児支援、リモートワーク制度など)を盛り込むことで、社員のモチベーションを高める効果も期待できます。
改定のタイミングは、会社がどんな文化を目指しているかを考える良い機会です。法令を守りながら、社内の実態や会社の将来像に合わせて検討しましょう。
よくある質問
Q1.「10人未満だから就業規則の届け出は不要なの?」
法的には、常時10人未満の労働者しかいない事業場では、就業規則の作成・届け出義務はありません。ただし、就業規則を整備しておくことは、トラブルの予防や社員との信頼関係構築にも有効です。
たとえば、有給休暇の取り扱いや残業の割増率、所定労働時間、休暇制度などが曖昧なままでは、社員間に不公平感や不満が生じやすくなります。数人規模の組織であっても、ルールを明文化しておくことで、共通認識ができ、安心して働ける環境づくりにつながります。
また、将来的に従業員が10人以上になった場合にも、スムーズに届け出や制度運用に移行できるという点でも、早い段階から整備しておくことをおすすめします。
Q2. 「労働者代表ってどう選ぶの?」
労働組合がある場合は労働組合が代表になります。労働組合がない場合は、社員の過半数を代表する者を選出します。民主的な方法、例えば投票や挙手などの方法で選出されることが求められます。
労働者代表は、管理監督者は×です。これは、管理職が労働者の利益を代表することが難しいためです。労働者の立場からの意見を反映するためには、労働者自身から選ばれた代表が必要。労使が対等に話し合うということからこのようなルールがあります。
Q3. 「労基署に届出していない就業規則は無効?」
届出していないからといってすぐ無効になるわけではありません。しかし、10人以上の労働者がいるのに届け出をしていない場合、労働基準法 第89条(作成及び届出の義務)があるため法違反となります。
また、トラブル時に会社側が不利になることも考えられます。就業規則を正しく運用できていなければ、労働者側からの言い分が通ってしまうリスクがあるためです
Q4. 「とりあえずの就業規則を作り、あとで変えていけばよいよね?」
労働者にとって不利益となる変更は、労働契約法第9条により原則として労働者の同意なく行うことはできません。一度定めた就業規則は、労働条件の土台となるものです。後から簡単に変更できるものではなく、信頼関係やトラブル防止のためにも、最初から慎重に作成すべきです。
参考
就業規則は、会社と社員が気持ちよく働くためのルールブックです。
法的義務を果たすだけではなく、会社の独自方針を盛り込むチャンスでもあります。しかし、ネット上のひな形を安易に流用すると、想定していない休職制度や退職金制度まで含まれてしまい、実態と合わない運用リスクが生じる恐れがあります。
いったん就業規則に入れたルールは必ず守らなければならないため、会社の実情に照らして本当に運用できる内容かどうかを慎重に見極めましょう。
「就業規則を届け出して、社員に周知する」という手順も大切なステップです。ぜひ今回のポイントを参考に、自社の状況に合った就業規則を整備・運用してみてください。
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執筆者
米澤裕美 特定社会保険労務士
(https://www.office-roumu1.com)
ネットワーク機器のトップメーカーにて、19年間インサイドセールスや業務改善チームの統括リーダーとして勤務。
途中2度の育児休業を取得。社内の人間関係の調整機会も多く、コミュニケーションや感情の重要性を日々実感してきた。
業務効率化の取り組みとして、社内ポータルサイトの立ち上げにも注力。
本社営業部門3S運動(親切・すばやい・正確)で1位に選出。
退職後、社労士法人勤務を経て、独立開業。現在は、複数企業の人事労務相談顧問、執筆などを行っている。