今回のテーマは、「雇用契約書」――いわゆる「働き方の約束ごと」をきちんと書面にまとめるときのポイントについてです。
新しく社員を採用するとき、まず交わす雇用契約書(または労働条件通知書)ですが、「そもそも何をどう書けばいいの?」「労働条件通知書と雇用契約書って別物?」など、疑問が出てくることも少なくありません。
ここでは、雇用契約書を作成・交付する際の基本的な流れや注意点をお話いたします。
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雇用契約書(労働条件通知書)とは?
雇用契約書とは、その名のとおり「雇用する側(使用者)と雇われる側(労働者)とのあいだで結ぶ契約」を書面にまとめたものです。
労働基準法では「労働条件の明示」を義務づけており(労働基準法第15条)、「労働条件通知書」と呼びます。
- 労働条件通知書は法的に「必須」
- 雇用契約書は労働条件通知書の内容を“契約”という形で双方が署名または記名押印し、同じ文書を双方が保管することが多い
雇用契約書の作成は法的に必須ではありませんが、契約内容を明確にしてトラブルを防ぐために、雇用契約書を締結しておくことをおすすめします。
会社によっては一つにまとめて「雇用契約書兼労働条件通知書」「労働条件通知書兼雇用契約書)(書類名はどちらでもok)として交付する場合もあります。
いずれにしても、働く上での約束ごとがあいまいになるとトラブルになる元になるのを防ぐためのもの。必須の記載事項がきちんと書かれ、労働者に交付されていることが大切です。
最近は電子交付も可能になりましたが、社員がきちんと確認できる形で交付しましょう。
必ず明示しなければならない項目
労働契約の期間 | 期間の定めがある場合は、契約の終了時期や更新の有無など |
就業場所や従事すべき業務 | どの事業所で、どんな仕事を担当するのか |
始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の有無など | 労働時間に関する具体的な取り決め(週何日、1日何時間働くのか など) |
賃金の決定方法、計算方法、支払方法、締切日・支払日 | 基本給、各種手当、残業代の計算、支払形態(振込か現金か)など |
退職に関する事項(解雇の事由含む) | 退職に至る手続きや理由、自己都合退職のときの申し出期限など |
パート、アルバイトの場合 | パートタイム・有期雇用労働法 により以下の労働条件も明示 ① 昇給の有無 ② 退職手当の有無 ③賞与の有無 ④相談窓口 |
2024年4月に書式の改正もありました。
雇用契約書の作成・締結の流れ
雇用契約書(または労働条件通知書)を作成する際の、一般的な流れです。
1. 採用条件の整理
- 採用する職種や賃金、就業場所、勤務時間、休日、雇用形態(正社員・契約社員・パートなど)事前に社内で確認。
試用期間の設定有無なども含め、明確にしておきます。
2. 書面の作成(電子交付も可能)
- 上記の必須事項を含む内容を、わかりやすく文書化します。
3. 労働者への提示・説明
- 口頭でも補足説明を行うと、社員の理解度が高まりトラブルが減ります。
4. 署名または記名押印(雇用契約書の場合)
- 契約書形式であれば、社員本人の署名か記名押印をもらい、会社側も代表者名で記名押印(or署名)します。その上で、「会社保管用」と「社員用」の2部を用意し、双方が保管します。
5. 保管・更新
- 作成後は社内で適切に保管し、内容に変更が生じた場合(昇給・降給・配置転換、法改正など)は、書面の更新や必要に応じ再締結を行います。
試用期間や就業規則との関係
試用期間を設ける場合
正社員の本採用に向け、まず数カ月間の試用期間を設けて様子を見たいと考える企業は少なくありません。
この場合、「試用期間があること」「試用期間中の賃金や労働条件がどうなるのか」「試用期間終了後の本採用条件」などを雇用契約書に明示しておく必要があります。
試用期間中の解雇要件(いわゆる「本採用拒否」)に関しては、労働契約法や裁判例などで厳しく制限されているため、慎重な運用が必要です。やむを得ない事情で解雇する場合でも、就業規則の解雇事由などと矛盾がないようにしておく必要もあります。
就業規則との整合性
就業規則は会社全体の労働条件を定めた法的効力があるルールブックです。
雇用契約書の内容は、就業規則と矛盾しないように作成しなければいけません。
もし、雇用契約書と就業規則の内容に矛盾する点がある場合、原則として、従業員にとって有利な方の基準が優先されます。
雇用契約書や就業規則の内容と法律が矛盾している場合は、すべて法律が優先されます。
雇用契約書や就業規則、その他の法律の優先順位は、以下のとおりです。
- 法律(労働基準法や労働契約法、民法など)
- 労働協約(企業と労働組合の間で締結する取り決め)
- 就業規則や雇用契約書(内容が異なる場合は、従業員にとって有利な方を優先)
雇用契約書をめぐるトラブル事例
書面が交付されていなかったおらず「明示」されてなかった
「口頭でしか説明しておらず、後になって『聞いていた話と違う!』と社員からクレームが出た」というケースは少なくありません。とくに、賃金や残業代、休日など“生活に直結”する部分では意見食い違いがあるとトラブルに発展してしまいます。
書面などで交付していないと、説明した内容の証拠が残らないため、使用者側(会社)が不利になる可能性もあります。
不利益変更をしたつもりはないが問題になった
昇給制度の変更や各種手当の廃止など、「会社にとっては仕方ない変更」だとしても、社員にとっては不利益に感じられる場面もあるかもしれません。
就業規則の改定や雇用契約書の書き換えを行う際は、必ず事前の周知や労使協議を行い、正当な理由を説明する必要があります。
実務を円滑に進めるコツ
1. テンプレートを用意する
- 項目の漏れを防ぐために、雇用契約書のひな形を社内で作成し、状況に応じてカスタマイズするとスムーズです。
2. 誤解がない書き方をする
- 抽象的な書き方では認識違いが起きるケースもあるため、「週〇日、1日〇時間、休憩〇分」など、できるだけ具体的に書きましょう。
3. 改定履歴を残す
- 昇給や役職変更など、雇用条件が変わったタイミングで書面など更新し、履歴を管理しておくと安心です。
4. 専門家に相談する
- 労働契約法や労働基準法の解釈に迷ったときは、顧問社労士や弁護士などに確認しましょう。独自の規定を盛り込む場合も、事前に相談するとリスクを減らせます。
雇用契約書は、「採用時」に限らず、昇給や配置転換などで労働条件が変更になった時点でも見直しをする書類です。
変更があれば書面など再度交付し、社員にしっかり説明しておきましょう。
会社と社員が「約束ごと」を共有し、お互いに納得した上で働くことができるとトラブルの防止につながります。
もう一歩進んで学びたい方へ
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執筆者
特定社会保険労務士 米澤裕美
(https://www.office-roumu1.com)
ネットワーク機器のトップメーカーにて、19年間インサイドセールスや業務改善チームの統括リーダーとして勤務。
途中2度の育児休業を取得。社内の人間関係の調整機会も多く、コミュニケーションや感情の重要性を日々実感してきた。
業務効率化の取り組みとして、社内ポータルサイトの立ち上げにも注力。
本社営業部門3S運動(親切・すばやい・正確)で1位に選出。
退職後、社労士法人勤務を経て、独立開業。現在は、複数企業の人事労務相談顧問、執筆などを行っている。