【社長の年金シリーズ】「離婚」をした社長の年金が減額される仕組みとは

公開日:2025年8月8日

 

社長の年金シリーズ

「離婚」をした社長の年金が減額される仕組みとは


<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀信敬/PSR会員

>>>連載:社長の年金シリーズ「社長が知っておきたい年金のツボ」

わが国の年金制度には、離婚をすると年金の受け取り額が少なくなる「離婚時の年金分割制度」という仕組みが存在する。

企業や組織でトップマネジメントとして高額の役員報酬を得ていたとしても、離婚をすると現役時代の高額報酬に基づいた年金が受け取れなくなってしまうのである。

今回は「離婚時の年金分割制度」が企業経営者の老後の年金収入に与える影響について、基本的な仕組みを整理してみよう。

離婚をすると最大で年金記録の半分が “分かれた配偶者” のものに

離婚時の年金分割制度を「離婚をしたら夫の年金を妻に分け与える制度」と理解している経営者の方が多いようである。しかしながら、そのような理解は2つの理由から適切とはいえない。

1番目の理由は、この制度は年金の金額自体を分ける制度ではないからである。分けるのは年金額ではなく、現役時代に受け取った「給与や賞与の額の記録」である。

「給与の額の記録」は標準報酬月額という名称で、「賞与の額の記録」は標準賞与額という名称で日本年金機構のコンピューターで管理されている。離婚時の年金分割制度を利用すると、一方の当事者はこれらの数値が減額され、もう一方の当事者は相手が減額された分だけ増額されることになるのである。

例えば、とある株式会社の経営者の年金記録が、月々受け取った役員報酬について「標準報酬月額65万円」と記録されていたとする。

仮にこの経営者が離婚をした場合、「65万円」という数値は、最大で半分が離婚した配偶者の記録に移行されることになる。この場合、経営者の年金記録は標準報酬月額が「65万円」から半額の「32.5万円」に書き換えられ、差額の「32.5万円」は離婚した配偶者の記録に上乗せされるわけである。

老後に受け取る年金額は、標準報酬月額や標準賞与額に比例して金額が決定される仕組みである。

これらの金額が大きければ年金もたくさん受け取れ、小さければ年金額も少なくなる。

そのため、離婚時の年金分割制度によって標準報酬月額などの数値が従前よりも小さくなれば、自身の勤務実績に応じた年金額よりも少ない年金しか受け取れないわけである。

 

年金の減額は女性社長も例外ではない

離婚時の年金分割制度が「離婚をしたら夫の年金を妻に分け与える制度」と呼べない2番目の理由は、年金の記録は必ずしも夫から妻に分けられるわけではないからである。

妻の「給与や賞与の額の記録」が減らされ、その分が夫の記録に上乗せされるケースも存在している。つまり、離婚時の年金分割制度を利用したことにより、将来受け取る年金額が「妻は減り、夫は増える」という状況も起こり得るのである。

例えば、会社を経営する妻の標準報酬月額は「65万円」、一般の会社員である夫の標準報酬月額は「44万円」で、どちらも在職中に金額の変更がなかったとしよう。この夫婦が離婚をした場合には、妻の「給与の額の記録」が減らされ、その分が夫の記録に加えられるのが通常である。

このような取り扱いが行われる理由は、年金分割制度では「婚姻中の標準報酬月額・標準賞与額を積算した額」を当事者間で比較し、積算額が多いほうから少ないほうに記録を移動させるからである。

社長である妻の標準報酬月額が「65万円」、一般の会社員の夫は「44万円」で在職中に金額の変更がなかった場合には、妻のほうが「標準報酬の積算額」が多くなる。そのため、年金記録を分割する際は、積算額が多い妻の記録は減額され、その分が夫の記録に上乗せされるわけである。

仮に離婚の原因が夫にあったとしても、この分割ルールが変更されることはない。「離婚の原因は夫にあるのだから、年金の記録も夫から妻に分割される」という取り扱いにはならない。

通常、「標準報酬の積算額」は妻よりも夫のほうが多いものだ。しかしながら、妻が企業経営者の場合には、役員報酬が高額なために夫の「標準報酬の積算額」よりも妻のほうが多くなるケースも存在している。

年金の分割は当事者のどちらかが希望した場合に限って行われるものだが、婚姻期間中の収入が妻よりも少なかった夫からすれば、老後の年金を少しでも増やすために分割を要求するのは当然であろう。「離婚をすれば女性の年金が必ず増える」というわけではないので、女性経営者の皆さんは注意をしていただきたい。

 

離婚をしても年金が全く減らない個人経営の社長

離婚が老後の年金額に全くマイナスの影響を与えない経営者も存在する。

個人で事業を営んでいる場合である。自身の職場を株式会社などの会社形態に変更せず、個人事業主として事業活動を行っている場合は、離婚時の年金分割制度の影響は全く受けることがない。全ての年金制度が分割の対象になるわけではないからである。

法人の経営者と個人で事業を営む経営者とでは、加入する年金制度が異なる。株式会社の代表取締役など法人組織を経営している場合には、厚生年金と国民年金の2つの年金制度に加入するのが一般的である。そのため、老後は厚生年金と国民年金の両制度から年金を受け取ることになる。

ただし、厚生年金は離婚時の年金分割制度の対象なので、「給与や賞与の額の記録」が一定のルールに則って分けられ、その結果、受け取れる年金額も変わってくる。ところが、国民年金は分割の対象外とされているので、国民年金の老後の年金は減ることがない。

一方、個人事業主として事業活動を行っている場合には、加入する年金制度は国民年金だけである。前述のとおり、国民年金は年金分割制度の対象ではないため、個人で事業を営む経営者は離婚をしても当初の予定どおりの年金を受け取れるわけである。

離婚時の年金分割制度が開始されて以降、筆者のところには高額の報酬を受け取っている男性の方から「私の年金を妻に取られないようにする方法はないだろうか」との相談が舞い込むようになった。

年金の防衛策を知りたいのだそうだ。本稿を読んでいる読者の皆さんの中にも、同様の疑問を抱いている方がいるかもしれない。

しかしながら、そのような都合の良い方法は存在しない。どうしても自分の年金を減らしたくないのであれば、離婚をしないのが一番であろう。

>>>連載:社長の年金シリーズ「社長が知っておきたい年金のツボ」

 

プロフィール

コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬

(組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)

コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表

中小企業の経営支援団体にて各種マネジメント業務に従事した後、組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・組織の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員。


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