老後の「人間関係リスク」にいかに備えるべきか？

<株式会社WiseBrainsConsultant＆アソシエイツ　大曲 義典／PSR会員>

　多くの企業の高齢者雇用は、60歳定年、65歳までの継続雇用という制度となっている。70歳までの雇用確保措置を講じている企業は、まだまだ少ない。

　周知のとおり、2021年4月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳から70歳までの就業機会確保が「努力義務」とされた。社会保障制度との辻褄合わせで、そう遠くないうちに「義務化」されるだろう。企業としては、65歳までの継続雇用が法制化されたと思ったら、舌の根も乾かないうちに70歳までの雇用義務化が目前である。それに抗うことは企業イメージとしてはマイナスに作用するかもしれない。

　本稿では、このように雇用環境が劇的に変化する中で、一般会社員のライフプランの視点で高齢者雇用をどう再構築すべきかのヒントを論じてみよう。 

ライフプラン相談会で遭遇すること

　筆者はFP（ファイナンシャルプランナー）の顔をも併せ持っていることから、60歳定年間際の会社員からライフプランの相談を受ける機会も多い。そこで遭遇するのが、「もう仕事に疲れたので定年で退職してゆっくりしたい。しかし老後の資金は大丈夫だろうか？」という内容の相談だ。筆者から、「それでは60歳の定年以後は、どのような人生を歩まれたいのですか？」と質問すれば、答えは返ってこない。

　人間の脳は、過去の出来事のうち「ネガティブ」だった記憶を蓄積する。「ポジティブ」な出来事は忘れてしまうのである。そうすると、仕事は「もういやだ」と忌避の対象となる。気持は十分にわかるが、冷静に数字を弾いてみれば、「現役の約40年間の仕事時間＝60歳から平均余命までの自由時間」となり、おおよそ8万時間の自由時間が老後を待ち受けているのである。つまり、老後の時間は想定している以上に長い。この時間を、どのように過ごすかを具体的に考え、準備している相談者は極めて少数である。 

老後のリスクとは？

　老後に備えるリスクは、

１．健康リスク
２．経済リスク
３．人間関係リスク

の３つといわれている。

　「健康リスク」は、換言すれば老化リスクである。これは、老化が人間について回り、死へ向かう慢性病のようなものであるから、人生の最後まで回避することは不可能である。しかし、その老化のスピードをコントロールすることは可能であり、頭脳は柔軟に保ち、身体的な衰えを経験と知恵でカバーしながら、自然体で歳を重ねていけばよい。過度に認知症などを恐れる必要はない。認知症の発現は、死を迎える助走期間のようなものだ。

　「経済リスク」とは、老後資金の枯渇リスクのことである。一昨年だったか、「老後2000万円問題」つまり、公的年金だけでは老後資金に2,000万円不足するという金融審議会の市場ワーキンググループの報告書が出され、物議を醸したのは記憶に新しい。しかし、このリスクも家計改善のプライオリティさえ間違わなければ、何とかなりそうである。ただし、長寿社会で気をつけておきたいのは、自宅が終の棲家にはならないことも多い、ということである。介護保険制度の仕組や老人ホーム等の実情を丹念に調べておいて損することはない。

　最後は「人間関係リスク」である。わかりやすく表現すれば「社会的つながりの減少リスク」である。つまり、定年まで仕事上の人間関係しかなく、それ以後も社会とのつながりを忌避する傾向の強い人は厳しい。新しい付き合いができず、年々歳々、孤独になってしまう。人間の脳には、認知、思考、判断などを司る前頭葉があるが、これが老化とともに衰えやすくなり、他人との関係構築を阻害する。とりわけ、「やる気の低下」は人間関係希薄化の最大の要因となる。改めて、人間は社会的動物である、というアリストテレスの金言を思い起こすべきだろう。

「人間関係リスク」の軽減と仕事

　この「人間関係リスク」を軽減する一番簡単な方法は、仕事ではなかろうか。定年以後も仕事を続けている人は、生き生き働いているし、人間関係も同世代にとどまらず、世代を超えて交流が続いている。このような環境を仕事以外で創出できる人は良いが、そうでなければ定年後も仕事を続けるのは最良の選択かもしれない。高齢者雇用が当たり前の社会の到来に備えて、「仕事」の付加価値を改めて再定義することも無駄ではないだろう。企業側も高齢者雇用をスムーズに進めるためには、社員のライフプランに思いを致す機会を作っていくことも必要かもしれない。 

　なお、神戸大学の西村和雄教授と同志社大学の八木匡教授が、全国の20歳以上70歳未満の男女を対象に、所得、学歴、自己決定、健康、人間関係の５項目がいかに幸福感と相関するかのアンケートをベースに行った研究では、人間の幸福感に与える影響力は「健康＞人間関係＞自己決定＞所得＞学歴」の順であることが明らかになっていることも付言しておきたい。

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