子育てや介護を理由に仕事を辞めざるを得ない――そんな状況を防ぐために、国は育児・介護休業法などを何度も改正し、制度を充実させてきました。
少子高齢化が一段と進むなかで、
・子どもの保育園事情や小学生以上の行事参加
・親や家族の介護
・長く働き続けたいという社員の希望
…といったニーズが多様化していることが背景にあります。
企業も「せっかく育成した人材に辞められるのは困る」という思いもありますし、共働きの家庭も増え、仕事を続けることを望んでいる人は多くいます。法改正は、そんな企業と労働者の両方を助けるために行われています。
制度の整備が進んだ一方で、実際の職場では「制度が複雑でよく分からない」といった声も多く聞かれます。そうした声を受け、私の顧問先企業様で取り組んだ制度の見える化の工夫をご紹介します。
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制度の見える化事例
中小企業では人事労務担当者が他業務と兼任していることも多く、育児休業の取得実績があっても頻繁に発生する業務ではないため、「育児介護制度が複雑で、制度全体を把握しきれていない」という現状があります。
制度は複雑でボリュームもあるため、一度聞いただけでは覚えきれないものです。
育児介護休業法の改正にともない、規程の見直しをご依頼いただいた際、私自身もあらためて制度の複雑さを実感しました。
育児・介護休業等に関する規程は、多くのイレギュラーケースを想定して構成されており、制度の前提知識がないと、文面を読んだだけでは理解するのが難しいと思われると思います。
そこで、規程とは別に、従業員や人事労務担当者が制度を正しく理解しやすくなるよう、Googleスプレッドシートで以下のような内容を整理したサポート資料を作成しました。
- 産前産後休業・育児休業・介護休業・各種休暇の制度概要
- 「休業」と「休暇」の違いについて 例)育児休業と看護休暇、介護休業と看護休暇など
- 休業期間中の給与支給や社会保険料の取扱い
- 各種申請書類の一覧(育児・介護休業規定に登場するものをピックアップ)
- 自社で取得できる制度一覧
- 休業申出時のヒアリングに活用できる個別意向確認シートの掲載
- 会社として育児・介護との両立を応援しているというメッセージ
また、Web上にあるため詳細資料や申請書式へのリンクも貼り、ぱっと一目で見てるように工夫しました。
これらの資料を、人事労務担当者や従業員の皆さんとあらかじめ共有し、実際に制度利用が必要になった際にも、スムーズかつ丁寧に個別説明ができるよう設計しました。
複雑な制度だからこそ、“伝わる仕組み”を整えておくことが、現場の混乱を防ぎ、安心して利用してもらうためのポイントになるのではないかと考えています。
会社によっては、もともとテレワークや時差出勤制度があり、法定以上の優遇措置を実施している場合もあります。
そのため、行政パンフレットをそのまま提示するだけでは現状と合わず、かえって混乱を招く可能性があります。
2025年の改正における最大の難しさは、「いくつかの選択肢を会社が提示し、その中から従業員が選ぶ」という点です。
つまり、従来のように「一律でこうすればよい」という対応ができず、企業側が状況に応じて判断・設計する必要があるということ。
だからこそ、法定ルールと自社の実情を丁寧にすり合わせて伝える工夫がますます必要になってきていると思います。
イメージ:Googleスプレッドシートで自社ルールを整理して社内共有したもの
2025年の育児の法改正内容の一部ご紹介
3歳以上の子を持つ社員の働き方拡充(2025年4月~10月)
これまでは、3歳未満の子どもを育てる社員に対して、短時間勤務などを認める仕組みがありました。ただ、実際には3歳を過ぎても「小学校に上がるまでは、まだ手がかかる!」という声は多いです。
そこで2025年4月に、子の看護休暇の見直し、所定外労働の制限拡大、10月には3歳以上~小学校就学前の子を育てる社員にも、次のような柔軟な働き方を認める制度が拡充されます。
会社は、3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に関して、以下5つの選択して講ずべき措置の中から、2つ以上の措置を選択して講ずる必要があります。労働者は、事業主が講じた措置の中から1つを選択して利用することができます ① 始業時刻等の変更 ② テレワーク等(10日以上/月) ③ 保育施設の設置運営等 ④ 就業しつつ子を養育することを容易にするための休暇 (養育両立支援休暇)の付与(10日以上/年) ⑤ 短時間勤務制度 会社は上の①~⑤から選択した2つ以上の措置を従業員に示し、従業員が自分に合う方法を選べるようにすること。たとえば「在宅勤務はできないが、短時間勤務はOK」など、職種・業種に合わせた運用が求められます。
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子の看護休暇の範囲拡大:小学校3年生修了まで
現行制度では、小学校就学前の子を看護するための休暇(子の看護休暇)が設けられていますが、2025年の改正では対象年齢が小学校3年生修了まで広がります。
- 「子どもが小学校に上がったら、もう大丈夫」というわけにはいかないのが現状です。
- 発熱や検診、学校行事への参加など、まだまだ親のサポートが必要
このようなことから、「行事参加」の場合でも休暇が取れるようになり、病気、ケガ、予防接種、健康診断、学級閉鎖、入園式、卒園式などで有休を使わずに子の看護等休暇が使えるようになります。そのため、名称が「子の看護等休暇」に変更になりました。育児中の社員には「安心して子どもの行事に参加できる」のはありがたいことだと思います。
育児休業の公表義務・男性育休取得の促進
以前から社員数1,000人超の企業には、男性育休取得率などを公表する義務がありました。2025年からは社員数300人超の企業に公表義務が拡大されます。
- 会社として、男性の育児休業等の取得率、または育児休業等と育児目的休暇の取得率を公開する
それを見た学生や求職者が「この企業は両立しやすいかも!」と判断材料にするかもしれませんね。
介護離職防止の改正も
勤続6か月未満でも介護休暇を取得可能
これまで、会社が労使協定を結べば、勤続6か月未満の社員を介護休暇の対象から除外できましたが、2025年4月以降は除外ができなくなります。
個別周知・意向確認の義務化
2025年4月以降、社員が「親の介護が必要になりました…」と申し出たとき、会社は以下のいずれかの対応を行わなければなりません。
①介護休業・介護両立支援制度等に関する研修の実施 ②介護休業・介護両立支援制度等に関する相談体制の整備(相談窓口設置) ③自社の労働者の介護休業取得・介護両立支援制度等の利用の事例の収集・提供 ④自社の労働者へ介護休業・介護両立支援制度等の利用促進に関する方針の周知 |
育児介護休業法の最近の改正一覧
改正対応、どう進める? 実務のポイント
就業規則や社内規程の見直し
- 育児介護休業規程を改定する
社内周知や社員教育
- ニュースなどで報道されると社員から「この改正ってうちの会社も当てはまるの?」と聞かれることがある
- メールや社内ポータルサイトなどに「2025年法改正で、このような制度が増える」と周知し、管理職にも説明を
- 必要に応じて説明会やQ&Aを用意しておくと、現場で混乱しにくい
個別相談体制とテレワーク準備
- 育児や介護の事情は人によって違うのと、育児介護休業法は複雑でもあるため制度を説明できる知識も必要になります。個別に相談を受けてフォローできる窓口(人事部など)を示せるとよい
- テレワークを導入するなら、勤怠管理システムや情報セキュリティの整備が不可欠。就業規則にも在宅勤務のルールを書き込むと安心
まとめ:改正をチャンスに、社員が辞めずに活躍できる環境へ
近年の法改正は、「子どもの年齢ごとに柔軟な働き方を提供しよう」「介護が必要になっても離職しなくて済むよう、個別にサポートしよう」といった両立支援が強化される流れです。
ニュースなどで報じられると、社員から質問もありますので、人事・労務担当としては早めに情報を仕入れておくとスムーズに答えられるでしょう。
- 子が3歳までの育児者はテレワークが努力義務に
- 3歳以上の子育て中社員への短時間勤務やテレワークなど「柔軟な働き方を実現するための措置」ができる
- 子の看護休暇の対象年齢引き上げ、行事参加も可能に
- 介護休暇を勤続6か月未満でも取得できるように
- 個別周知や意向確認も行わなければならい、とされています。
こうした改正の対応は大変ではありますが、社員の多様な事情に応えられる働き方を整えるチャンスと捉えれば、優秀な人材が長く活躍してくれる可能性が高まります。
法改正の詳細が確定したら、就業規則への反映や管理職への研修なども検討してみましょう。
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執筆者
米澤裕美 特定社会保険労務士
(https://www.office-roumu1.com)
ネットワーク機器のトップメーカーにて、19年間インサイドセールスや業務改善チームの統括リーダーとして勤務。
途中2度の育児休業を取得。社内の人間関係の調整機会も多く、コミュニケーションや感情の重要性を日々実感してきた。
業務効率化の取り組みとして、社内ポータルサイトの立ち上げにも注力。
本社営業部門3S運動(親切・すばやい・正確)で1位に選出。
退職後、社労士法人勤務を経て、独立開業。現在は、複数企業の人事労務相談顧問、執筆などを行っている。