【専門家の知恵】厚労省調査で過去3年間でパワハラ被害経験者は約3割に。相談体制を含めた具体的な防止対策を確認しよう

公開日:2023年11月1日

<合同会社DB-SeeD 代表社員 神田橋宏治>

令和4年4月1日から労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されることになりましたが、皆さんの会社ではうまく活用できているでしょうか。今回はパワーハラスメントについて基本的な事項をお話しします。

パワハラは会社の損失

パワーハラスメントとは「職場において行われる①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた、③労働者の就業環境が害されるもの」と定義されます。

ここで、職場とは業務に関連した出張先や懇親会等も含みますし、優越的な関係とは自分しか扱えない機械がある、上層部と特別に仲がいいなども含まれます。また就業環境が害されるというのは周囲の人の環境も含みます。例えば上司が大声で部下を叱っていてその部下は平気でも、それを聞いている周囲の人が嫌な気分になればこれもパワハラです。

令和2年度の厚生労働省による職場の実態調査によると、3年間にパワハラを受けたと感じている人の割合は約30%にのぼり、平成28年度の調査結果と全く変わりませんでした。また、パワハラを受けたと感じた人の3割は誰にも相談しておらず、しかもその結果会社を退職したと答えた人は13%でした。これはセクハラの7%、顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスハラ)の3%に比べてはるかに大きな数字です(※1)。

さらに、退職には至らなくても、パワハラはモチベーションの低下などの悪影響を与え、パワハラが存在する職場では1年後にメンタルヘルス不調に陥る人が増加するという研究もあります。

パワハラによる疾病休暇、離職・新規採用、生産性低下は、従業員一人当たり2万円強/年の損失になるという試算もあります(産業医学ジャーナル令和3年7月号)。つまり500人の企業であれば年間1,000万円の損失になっている可能性があるのです。

(※1)厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査について 令和2年度調査」

具体的なパワハラ対策とは

パワハラを減らすとともに、相談体制を含めた対策をきちんと行うことが会社にとって非常に重要であると言えます。

パワハラ防止に一番大事なのは経営陣の強い意志の表明です。経営陣はパワハラ行為者に対する厳正な対処方針を文章化して、社としてのパワハラ対策方針を全従業員に周知しなければなりません。

それと同時に相談窓口を設置する必要があります。窓口は複数設置するほうが良く、また「パワハラ専用窓口」などとはせず「ハラスメント相談窓口」とするのがお勧めです。ハラスメントを受けている当人はこれが何ハラスメントなのかが区別できないことが多いからです。さらに、相談窓口の広報の張り紙は、それを見ていること自体が周囲から気づかれにくい場所(トイレの個室など)に貼るのをお勧めします。

さて、相談内容によっては調査担当者が調査に入ります。調査に関して僕がおすすめしているのは次のようなことです。

①調査は必ず複数で行うこと。可能なら男女1人ずつのペアで行う

②被害者⇒周囲⇒加害者の順に調査を行うこと

③話したことによって不利益を受けたり、プライバシーをさらされたりしないことを被害者に保証すること

④調査の結果は必ず被害者と加害者両方に対して、別々に十分に時間をとって説明し、さらに文章にして渡す

意外に見落とされやすいのが④における加害者へのケアです。特にハラスメントは「受けた」と思っている人だけでなく、「ハラスメントをした」と思われた人にも大きな精神的ダメージを与えます。ハラスメントの加害を疑われたために休職したり退職したりする例を、私自身も複数回経験しました。

さらに言うとパワハラ相談を受けること自体も非常にストレスです。相談窓口担当者はつらい話を聞かないといけないし、しかも相談者のプライバシーは守らないといけない。こういう時に使ってほしいのが我々産業医や産業保健師です。我々はつらい話を聞くこともプライバシーを守ることも職業倫理として身についてます。パワハラ相談を受けてつらい方は是非一度会社の産業医に相談することをお勧めします。

 

厳しい指導とパワハラは別物

ところで最近では逆にパワハラととられることを恐れて部下に指導をしないということすら起きています。人事院の平成29年度報告では部下に指導することを躊躇したことがあると答えた人が40%にのぼり、その理由として「パワハラと思われる危険」を挙げたのが25%を占めていました(※2)。

すべての厳しい指導がパワハラと受け止められるわけではありません。様々な調査から示される理想的な上司とは、①一貫性を持ち、②部下の責任は自分の責任とし、③高圧的でない、という上司像です。これらの条件を満たす上司からの厳しい指導は部下の成長につながります。

最後に参考になる本を挙げます。

厚生労働省「パワーハラスメント対策導入マニュアル」

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/pwhr2016_manual.pdf

『パワハラ上司を科学する』著/津野香奈美 発行/筑摩書房 津野香奈美氏は日本のパワハラ研究の第一人者。日本でほぼ唯一職場のパワーハラスメントに関しての科学的知見をまとめた本で必見です。

(※2)人事院:平成29年度 年次報告 【第2部】 次世代の行政の中核を担う30代職員の育成と公務全体の活性化 ~意識調査を通じて課題と対策を探る~◎第2部 補足資料1 30代職員調査結果(一覧) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000165756.html

 

プロフィール

合同会社DB-SeeD(https://industrial.doctor.tokyo.jp/)代表社員
労働衛生コンサルタント、日本医師会認定産業医、建築物環境衛生管理技術者
神田橋宏治

1999年東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院助教などを経て、2011年4月から医療法人社団仁泉会としま昭和病院内科医として勤務。2015年に産業医事業を中心業務とする合同会社DB-SeeDを設立。2018年11月~現在 日本産業衛生学会代議員

 

 

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