【専門家コラム】内定承諾書に法的拘束力はある?内定辞退や内定取り消しの考え方とは

公開日:2024年7月8日

 

内定承諾書に法的拘束力はある?内定辞退や内定取り消しの考え方とは


<いろどり社会保険労務士事務所 代表 内川真彩美/PSR会員>

内定辞退や内定取り消しのトラブルを度々ニュース等で目にします。内定辞退も内定取り消しも起こらないことが1番ですが、内定から入社までにそれぞれの事情が変わらないとも言い切れません。

そこで今回は、過去の事件を参照しながら、内定の法的な考え方や、内定辞退と内定取り消しの基本と注意点を解説します。

 

内定は「条件付き労働契約」の成立とみなされる

まず押さえておいていただきたいことが2つあります。

1つ目は、内定承諾書には内定辞退を拒否できるような法的拘束力はないという点、2つ目は、内定により「労働契約が成立した」と扱われることがある、という点です。

ここでの「労働契約」とは、通常の労働契約とは少し異なり、入社日までに内定取消事由に該当した場合には労働契約の解約ができる、いわば条件付きの労働契約です(この労働契約を「始期付解約権留保付労働契約」と呼びます)。

内定といっても、企業によってタイミングも手順も異なります。

そのため、すべての内定がそのまま条件付きの労働契約の成立となるわけではありません。

判例では、事案によって異なるとしながらも、内定者の応募が「労働契約の申し込み」であり、企業の内定通知は「申し込みの承諾」とみなされ、前述のとおりの条件付き労働契約が成立したと認めたものがあります(大日本印刷事件 最高裁二小 昭54.7.20)。

つまり、内定承諾をしていなくとも、内定を通知した時点で条件付きの労働契約が成立したと判断されたわけです。

さて、条件付きとはいえ労働契約が成立していれば、労働基準法の適用を受けます。

そのため、内定辞退や内定取り消しは、入社後の「退職」や「解雇」とイメージしてもらうとわかりやすいでしょう。

 

内定辞退の考え方

入社後の退職の場合、雇用期間の定めがなければ、退職の申し入れをしてから2週間経過するとその労働契約は終了します(民法627条)。

このとき、企業の承諾は不要です。内定辞退もこれと同様で、その申し出から2週間経過すれば企業の承諾なしで内定辞退が成立します。

冒頭で、内定承諾書には法的拘束力はないと言った理由がおわかりいただけたと思います。内定辞退を認めないことは、退職届を出した従業員を辞めさせないのと同じことをしているわけです。

とはいえ、企業は内定者を受け入れるために様々な準備をしています。

そこで度々問題になるのが「内定辞退に損害賠償を請求できるか」です。

結論から言うと、損害賠償請求は難しいと考えておいた方が良いでしょう。

裁判例でも「内定辞退が著しく信義則上の義務に違反する態様で行われた場合に限り、損害賠償責任を負う」と判断しており、この裁判例の事件では内定者研修で人事担当者の発言に問題があった等の事情はあったものの、入社前日の内定辞退でも損害賠償請求が認められませんでした(X社事件 東京地裁 平24.12.28)。

また、内定承諾書等に「内定承諾書提出後の内定辞退には違約金を支払う」と記載することもできません。

前述のとおり、内定により労働契約が締結されれば労働基準法が適用されます。

労働基準法では、違約金の定めや損害賠償額の予定が禁じられていますので、先のような違約金支払いの文言は認められません。

このように内定辞退を書類や法律で防げない以上、内定辞退がないように内定者フォローをしていくことが、企業ができる1番の対策となることがわかります。

 

内定取り消しの考え方

一方、内定取り消しは解雇の扱いと似ており、内定者とはいえ、企業が簡単に内定取り消しをすることはできません。

前掲の大日本印刷事件の判例では、内定取り消しは①内定決定時にはその事由を知ることも、知ることの期待すらもできないものだった、②客観的に合理的と認められ社会通念上相当である場合、に限られる、とされています。

また、業績不振で内定取り消しをするときでも、「従業員の整理解雇の有効性の判断法理を総合考慮すべき」とした裁判例もあります(インフォミックス事件 東京地裁 平9.10.31)。このように、内定取り消しは入社後の普通解雇や整理解雇と似たような判断基準が用いられています。

入社後の解雇は、解雇事由を就業規則等により周知し、解雇事由に合致するかを判断します。

内定取り消しも、その事由を内定者に周知し、その事由に合致するかを判断します。

多くの場合は、内定承諾書等に内定取り消し事由を記載し、内定者に周知します。内定取り消しが認められる事由は前述の判例の通りですので、企業が定めたものがすべて有効になるわけではありません。

このあたりも、解雇と似ています。

 

内定と労働条件通知書の関係性

さて、労働基準法では、労働条件の明示は「労働契約の締結時まで」に行うこととされています。

前述のとおり、内定により労働契約が成立するとみなされるなら、労働条件通知書も内定時に交付するのが望ましいことがわかります。

労働条件通知書の内容を踏まえて内定承諾をしてもらった方が当然トラブルは減るというメリットもあります

また、内定時に明示した労働条件が変更になる場合には、変更の内容を書面で明示することが求められ、原則、合意が必要です。

同意できないほどの労働条件の変更により内定辞退する事例は、内定取り消しとして扱われる可能性がある点も注意が必要です。

 

プロフィール

特定社会保険労務士 内川真彩美

いろどり社会保険労務士事務所(https://www.irodori-sr.com/)代表 

成蹊大学法学部卒業。大学在学中は、外国人やパートタイマーの労働問題を研究し、卒業以降も、誰もが生き生きと働ける仕組みへの関心を持ち続ける。大学卒業後は約8年半、IT企業にてシステムエンジニアとしてシステム開発に従事。その中で、「自分らしく働くこと」について改めて深く考えさせられ、「働き方」のプロである社会保険労務士を目指し、今に至る。前職での経験を活かし、フレックスタイム制やテレワークといった多様な働き方のための制度設計はもちろん、誰もが個性を発揮できるような組織作りにも積極的に取り組んでいる。

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