【専門家の知恵】退職予定者に支払うボーナスから社会保険料は取るべきか?

公開日:2021年8月10日

退職予定者に支払うボーナスから社会保険料は取るべきか?

<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬/PSR会員>

 

 「ボーナスをもらってから退職する」という社員がいることがある。この場合、退職予定者に支払うボーナスから厚生年金や健康保険の保険料は取ったほうがよいのだろうか。それとも取ってはいけないのだろうか。今回は、ボーナスの支給を受けてから退職する予定の社員について、ボーナス支給時の社会保険手続きを見てみよう。

 

 7割の企業で支給されているボーナス

 今年も夏のボーナスの支給時期が到来した。現在、わが国では約7割の企業でボーナスが支給されており、平均支給額は約38万円である(毎月勤労統計調査-令和2年年末ボーナスの結果/厚生労働省)。

 昨年の冬のボーナスは、新型コロナウイルス感染症の影響もあり「飲食サービス業」「生活関連サービス業」を中心に、多くの業種で前年よりも支給額が減額された。ところが、「電気・ガス業」「不動産・物品賃貸業」など、前年よりもボーナス支給額が増額されている業種も一部あり、平均では前年比2.6%減のボーナス支給となった(同調査)。

 このように不安定な経済環境下では、「ボーナスを受け取ってから会社を辞める」という社員が出ることも考えられるであろう。このときに問題となるのが、退職することが分かっている社員に支払うボーナスの、社会保険上の取り扱いである。

 

 「資格喪失月」にボーナスを支給すると、原則として保険料の徴収対象にならない

 退職予定者に支払われるボーナスが厚生年金や健康保険の保険料の徴収対象になるかどうかは、ボーナス支給月がその社員にとり、厚生年金等の「資格喪失月」に該当するか否かで判断をすることになる。

 厚生年金や健康保険から抜けることを資格喪失といい、抜けた当日を「資格喪失日」、抜けた月を「資格喪失月」という。ボーナス支給月に退職予定の社員の場合には、ボーナス支給月がその社員の「資格喪失月」に該当するのであれば保険料を徴収せず、「資格喪失月」の前月に該当するのであれば保険料を徴収するのが原則ルールである。

 具体例で見てみよう。例えば、7月5日に夏のボーナスの支給を受け、7月25日付で退職する社員を考えてみよう。この場合、ボーナス支給月は7月なので、この社員の厚生年金等の「資格喪失月」も7月であれば、ボーナス支給月が「資格喪失月」に該当することになる。その結果、厚生年金等の保険料の徴収対象にはならない。

 ココでポイントになるのは、厚生年金等から抜けた当日に当たる「資格喪失日」の考え方である。厚生年金等の「資格喪失日」は退職日の翌日である。そのため、退職日が7月25日の本ケースでは、「資格喪失日」は翌日の7月26日とされる。

 その結果、「資格喪失月」は7月になり、ボーナスの支給月が「資格喪失月」に該当することになる。従って、厚生年金等の保険料の徴収対象にはならないと判断するのが原則である。在職中に支給されたボーナスではあるが、そのボーナスから保険料を天引きするのは誤りというわけである。

 

 ボーナス支給月が「資格喪失月」にならないこともある

 それでは、ボーナス支給月に退職した場合に、ボーナス支給月が厚生年金等の「資格喪失月」に該当しないケースというのはあるのだろうか。

 次の事例を見てみよう。今度は、7月5日に夏のボーナスの支給を受け、7月31日付で退職する社員を考えてみよう。前述のとおり、「資格喪失日」は退職日の翌日なので、退職日が7月31日の本ケースでは、「資格喪失日」は翌日の8月1日となる。

 「資格喪失日」が8月1日ということは、「資格喪失月」は8月である。そのため、ボーナスは「資格喪失月」の前月に支払われたことになり、7月31日に退職した本ケースでは、厚生年金等の保険料を徴収するのが正しい事務処理となるわけである。

 以上のように、ボーナス支給月に退職した場合には、ボーナス支給月が厚生年金等の「資格喪失月」に該当するケースと該当しないケースが存在する。実は、この違いは、退職日が月末か月末以外かに起因して発生する現象である。

 ボーナスが支給された月の末日で退職した場合には、ボーナス支給月は「資格喪失月」の前月になり、保険料の徴収が必要となる。これに対し、月の末日以外の日で退職した場合には、ボーナス支給月が「資格喪失月」に該当するため、保険料の徴収が不要となるものである。

 

 保険料を徴収しなくても届け出は必要

  最後に届け出について見てみよう。

 通常、ボーナスを支給すると、5日以内に日本年金機構および健康保険組合に対して『被保険者賞与支払届』を提出し、その結果、保険料計算の根拠となる標準賞与額が決定される。そのため、ボーナスが保険料の徴収対象にならないケースでは、日本年金機構等への届け出が不要のように思える。

 しかしながら、健康保険の標準賞与額には年度の累計額に573万円という上限が決められており、この累計額の計算には、「資格喪失日の前日までに支給された全てのボーナス」が含まれることになっている。

 そのため、ボーナス支給月の末日以外の日に退職したために保険料の徴収対象にならなくても、資格喪失日の前日までに支給されたボーナスであれば、『被保険者賞与支払届』に必要事項を記載して届け出なければならない。この点は見落としがちな取り扱いなので、注意をしていただきたい。

 

 

プロフィール

マネジメントコンサルタント、中小企業診断士、特定社会保険労務士 大須賀 信敬
コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表
「ヒトにかかわる法律上・法律外の問題解決」をテーマに、さまざまな組織の「人的資源管理コンサルティング」に携わっています。「年金分野」に強く、年金制度運営団体等で数多くの年金研修を担当しています。

 

 

 

「給与計算」関連記事

「日常の労務手続き」に関するおすすめコンテンツ

ピックアップセミナー

東京会場 2024/05/23(木) /13:30~17:30

【会場開催】はじめての給与計算と社会保険の基礎セミナー

講師 : ※各日程をご確認ください

受講者累計5,000人超!2009年から実施している実務解説シリーズの人気セミナーです!
給与計算と社会保険について基礎からの解説と演習を組み合わせることで、初めての方でもすぐに実務に活用できるスキルが習得できます。

DVD・教育ツール

価格
31,900円(税込)

経験豊富な講師陣が、初心者に分かりやすく説明する、2023年版の年末調整のしかた実践セミナーDVDです。
はじめての方も、ベテランの方も、当セミナーで年末調整のポイントを演習を交えながら学習して12月の年末調整の頃には、重要な戦力に!

価格
7,150円(税込)

本小冊子では、ビジネスマナーに加え、メンタルヘルスを維持するためのコツ、オンライン会議やSNSのマナーのポイントも紹介しています。
また、コンプライアンス(法令順守)も掲載。ビジネスパーソンとして肝に銘じておきたい「機密管理」、働きやすい職場づくりに必要不可欠な「ハラスメント防止」について、注意点を解説しており、これ一冊で、一通りのマナーの基本が身に付くようになっています。

おすすめコンテンツ

TEST

CLOSE