【専門家の知恵】新型コロナウィルスの感染予防のため、出勤人数を減らしている際に出勤した従業員の残業命令拒否

公開日:2020年5月19日

 新型コロナウィルスの感染予防のため、出勤人数を減らしている際に出勤した従業員の残業命令拒否

<つまこい法律事務所・弁護士 佐久間 大輔>

 

1 残業義務の発生根拠

 新型コロナウィルスの感染予防のため、事業場に出勤する従業員を減らしていたところ、急用が入ったことから、ある従業員に残業を命じたのに、その従業員が業務命令を拒否して帰ってしまった場合、業務命令違反として懲戒処分を科すことはできるでしょうか。

 労働基準法における労働時間は、実働で1日8時間、1週40時間という上限規制を設けています(32条)。労働時間規制の制度趣旨は、長時間労働による身体的・心理的な負荷から労働者を解放して労働者の健康と安全を保障すること、労働者に文化的・社会的な生活を保障すること、職業生活と家庭生活との両立を保障することにあります。

 そのため、労働時間規制は労働条件の最低基準となります(労働基準法1条2項)。しかし、この八時間労働制の例外として、災害等による臨時の必要がある場合と三六協定を締結した場合の残業があります。

 前者の例外として、労働基準法は、「災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合」、使用者は、労働基準監督署の許可を受けて、その必要の限度において時間外労働や休日労働をさせることができると定めています(33条1項)。ただし、厚生労働省は、「新型コロナウイルスに関連した感染症への対策状況、当該労働の緊急性・必要性などを勘案して個別具体的に判断する」としつつ、労働基準法33条1項の要件に該当し得る具体例として、「急病への対応」や、「新型コロナウイルスの感染・蔓延を防ぐために必要なマスクや消毒液、治療に必要な医薬品等を緊急に増産する業務」(新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け))を挙げており、残業を命じられる事由を限定しています。
 厚生労働省が指摘しているとおり、「労働基準法第33条第1項は、災害、緊急、不可抗力その他客観的に避けることのできない場合の規定ですので、厳格に運用すべきものです」から、単に急用が入ったからというだけでは、同条項に基づく残業を命じられないことになります。

 一方、後者の例外として、過半数組合または過半数代表者と締結する三六協定には、「労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる場合」(労働基準法36条2項3号)、「対象期間における1日、1箇月及び1年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数」(同項4号)などを定めなければなりません。残業の事由については、「業務繁忙」という無限定な内容ではなく、具体的に業務を限定することが必要です。「急用」というのも、具体的な内容が三六協定の残業事由に該当するかどうかを検討しなければなりません。

 三六協定が締結されていたとしても、直ちに、労働者には、法定労働時間を超えて労働する義務は発生しません、三六協定の範囲内で定められた就業規則の規定があれば、その内容が合理的なものである限り労働契約の内容になるとし、労働者は所定労働時間を超えて労働する義務を負うと解するのが最高裁判例です。

 ただし、就業規則に「業務上の必要があるときは時間外労働を命じることができる」と定められていたとしても、それだけでは残業の事由が抽象的です。三六協定と就業規則で具体的に事由が定められ、その事由が合理的であり、しかも、就業規則が従業員に周知されていることが必要となります(労働契約法7条)。もし、これらの要件が満たされていなければ、そもそも従業員に残業させることが労働契約の内容になっておらず、残業義務が発生しないということがあります。

 

2 残業命令の権利濫用

 三六協定や就業規則の合理性の問題はクリアし、従業員に残業義務が発生するとしても、従業員が残業に従事できない事由があるときはその命令が権利濫用により無効となることがあります(労働契約法3条5項)。

 残業命令が権利濫用に当たるかどうかは、残業をさせる業務上の必要性と従業員のやむを得ない事由を総合して判断することになります。当該従業員が残業を拒否して帰ったことについてやむを得ない事情がある一方、急用が入ったといっても、当該従業員が残業に従事する業務上の必要性が高くないのであれば、残業命令が権利濫用となることもあります。

 当該従業員が休校で自宅で過ごしている子どもの夕食を作るなど育児や家事に従事しなければならないとのやむを得ない事由がある一方、急用とはいえ、当日処理することが不可欠でないとか、他の従業員でも処理できるという場合であれば業務上の必要性は必ずしも高くはないので、残業命令が権利濫用となることがあります。これに対し、当該従業員に早く帰宅しなければならないほどの事情はなく、残業拒否の理由が夜間の外出自粛要請があるというだけであるのに対し、当日処理しなければならない緊急の仕事であり、業務上の必要性が高いということであれば残業命令は有効となります。

 新型コロナウィルスの感染予防には免疫力を低下させないことも有用であると思われますが、長時間労働による疲労の蓄積は免疫力を低下させることになりますので、企業としても、なるべく残業をさせないこととし、取引先にも理解を求める必要があります。それとともに、どうしても残業させなければならないというのであれば、管理監督者が残業を命じる従業員に対して業務上の必要性などを十分に説明した方がよいでしょう。

 

3 懲戒処分の可否

 そこで、直ちに業務命令違反として懲戒しようとするのではなく、人事労務担当者としては、当該従業員から事情聴取を行い、残業をせずに退勤した事情があるのかどうか、事業があるという場合はそれが残業を拒否してもやむを得ないものと認められるのかどうかを調査することが先決です。

 やむを得ない事由が認められれば、懲戒処分はそもそもできません。逆に事情が認められなければ、業務命令違反として懲戒処分が検討されることになります。

 ただし、当該従業員を解雇しないまでも懲戒処分を科したら、他の従業員に至るまで懸念が生じ、従業員を萎縮させてモチベーションを低下させる可能性があります。当該従業員側に汲むべき事情があれば、まずは「今後同様の行為を繰り返すのであれば処分対象にする」と警告した上で、懲戒処分に至らない厳重注意をすることにとどめるということも考えられます。

 

プロフィール

つまこい法律事務所・弁護士https://mentalhealth-tsumakoilaw.com/
弁護士 佐久間 大輔
労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。

 

 

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