【専門家の知恵】パワーハラスメント類型の1つ「過大な要求」。発生原因と解決のポイント

公開日:2024年2月5日

 

パワーハラスメント類型の1つ「過大な要求」。発生原因と解決のポイント


<ごとう人事労務事務所 後藤和之/PSR会員>

厚生労働省指針が示す身体的な攻撃・精神的な攻撃などのパワーハラスメントにおける6類型の1つとして「過大な要求」があります。厚生労働省資料の中では、「過大な要求」とは『業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害』としています。

今回は、なぜ「過大な要求」が起こるのかを掘り下げていきます。

 

パワハラ「過大な要求」に『該当すると考えられる例』『該当しないと考えられる例』

厚生労働省の資料の中で、『パワハラに該当すると考えられる例』『パワハラに該当しないと考えられる例』として、次のような例をあげています。

【該当すると考えられる例】

①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる
②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する
③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる

【該当しないと考えられる例】

①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる
②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せる

 

「過大な要求」の原因~パワハラ行為者が陥りやすい『誤った使命感』

従業員への嫌がらせが目的である場合にはパワハラに該当するのは当然のことです。そして、「不要なこと」「遂行不可能なこと」などを従業員へ要求することは、会社の生産性向上に結び付かないことも明白です。

しかし嫌がらせの意図がなかったとしても、事実関係を積み重ねる中で「過大な要求」としてパワハラに該当することは十分考えられます。その大きな原因の1つとして考えられるのが、行為者(上司など)が抱く『誤った使命感』です。ここでは、上司が部下に対応するいくつかの場面を想定し、説明していきます。

(例1)部下が「新卒採用者」の場合

厚生労働省資料にもある通り「到底対応できないレベルの業績目標」を部下へ課したとします。

上司の過去の経験の中で、同じように部下へ「到底対応できないレベルの業績目標」へ課し、その部下が通常では考えられない激務を乗り越え、それを達成し、その後部下が順調に昇進していったとします。

その場合に、上司は「到底対応できないレベルの業績目標」を部下へ課すことが、部下を育成するための必要条件であるという認識による誤った『使命感』につながることも考えられます。

(例2)部下が「長期休職明け」の場合

精神疾患などにより、会社を長期休職した部下がいたとします。

その部下が休職の間に、他の従業員たちの頑張りにより、部下がいない期間をカバーできたとします。

そのような場合に、上司が「他の従業員たちがこれだけ頑張ったのだから、復帰した部下には‘’何倍も‘’働いてもらう」といった『使命感』を誤って持ってしまうと、部下の休職明けの状況をふまえない対応によるパワハラにつながることも考えられます。

(例3)部下の「仕事の成果が不十分」な場合

同じ時給であるパートタイマーのAさん・Bさんの2人がいたとします。

Aさんは正職員に値するほどの成果を出しますが、Bさんは平均的なパートタイマーの成果には達しなかったとします。

上司としては「同じ額の給料をもらっているのに・・」という『使命感』を抱くことで、Bさんの現在の仕事に対する能力が不十分だと分かっていながら、Bさんが達成することができないような仕事を与えてしまうことも考えられます。

 

「過大な要求」の解決:「会社としての仕組み」がなければ、『誤った使命感』を抱き、パワハラへとつながる

パワハラとしての「過大な要求」が疑われる場合、そこに至るまでの経緯を掘り下げていくと、3つの例にあげたような上司として何かしらの言い分があるかもしれません。最初から嫌がらせが目的である場合を除き、上司が「過大な要求」を部下へ強いなければならないという誤った思考に陥ったことが考えられます。

このような誤った思考に陥ることは、上司として他に手段が見当たらなかったこと、つまり「会社として、問題を解決する仕組みがないこと」が考えられます。

もしも(例1)~(例3)に関して、会社として次に示すような「仕組み」があれば、上司が「過大な要求」をするまでには至らなかったかもしれません。

(例1)部下が「新卒採用者」の場合

・新卒採用者に対する研修プログラムを構築する。
・管理職員に対しての新卒採用者の指導方針を明確にする。
・メンター制度、エルダー制度などを導入する。

(例2)部下が「長期休職明け」の場合

・全従業員へ「メンタルヘルス」の大切さについて啓発を行う。
・長期休職の従業員の復帰支援プログラムを策定する。
・人事労務担当者などが、長期休職の従業員との面談機会を設ける。

(例3)部下の「仕事の成果が不十分」な場合

・(Aさんの次のステップのために)正職員への転換制度を構築する。
・(Aさんの成果が評価されるために)評価制度・表彰制度などを設ける。
・(Bさんの適性に合った)人事異動・業務内容変更を検討する。

 

大切なこと:会社のトップが「従業員を大切にする」方針を伝えること

さまざまな「会社の仕組み」を構築することができれば、それに越したことはありませんが、忙しい日々の中で1つの制度を構築するだけでも簡単ではありません。

すぐにできる大切なことは、会社のトップの方が、全従業員に対して方針を明確にすることです。

『新卒採用者を大切に育てる』『休職明けも会社が最大限のフォローをする』などのメッセージを伝えるだけで、「過大な要求」を課される従業員だけでなく、「過大な要求」を強いる立場になりやすい上司にとっても大きなプレッシャーから解放されることへとつながります。

 

 

プロフィール

後藤和之

ごとう人事労務事務所(https://gtjrj-hp.com) 
社会福祉士・特定社会保険労務士 

昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。
約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの業務に携わるとともに、福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。
特定社会保険労務士として、人事労務に関する中小企業へのコンサルタントだけでなく、研修講師・執筆など幅広い活動を通じて、“誰もが働きやすい職場環境”を広げるための事業を展開している。

監修:退職後の社会保険と税の手続き(株式会社ブレインコンサルティングオフィス)

 

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