【専門家の知恵】ハラスメント担当者が「事実関係を正確に確認する」ために注意すべき『落とし穴』とは?

公開日:2022年6月3日

<ごとう人事労務事務所 後藤和之/PSR会員>

 ハラスメントに関して事業主が講ずべき措置の1つに「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」があります。加害者と被害者、必要に応じ第三者からも事実関係を確認するなど、問題を解決する上で、とても重要なプロセスです。今回は、そのポイントと留意点をお伝えします。

 

事実関係を正確に確認するためのポイント「より具体的な事実を把握すること」

 まずは、以下の2つの例が「懲戒などの措置を行う必要があるハラスメントか?」を考えてみましょう。

 

 【例➀】妊娠をした部下に対し、上司が「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」と言った。

 事実関係が確認できれば、この言動1回で、ハラスメントに該当します。これは、解雇その他不利益な取扱いを示唆するものとして、厚労省資料でも示されています。就業規則などに基づき懲戒などの措置を行う必要があります。

 

 【例②】A係長に対し、部下Bさん・Cさん・Dさんが次のような不満を抱えていた。

Bさん「仕事でミスをしたときに、A係長から大きな声で叱責された」
Cさん「育児のため、残業制限の請求をしたら、A係長から『今、それどころではない』と言われた」
Dさん「A係長から食事を誘われ、何回も断っているが、しつこく誘われる」

 部下の3人がA係長との関わりの中で、不快な思いをしていることは分かります。そのため、A係長に何らかの指導を行う必要はあるでしょう。しかし「例①」と比較すると、明確な言動ではありませんので、これだけで「懲戒などの措置を行う必要があるハラスメント」と判断するのは難しいといえるでしょう。

 

 ~なぜ「より具体的な事実を把握すること」が必要なのか?~

 例① のような、1回の言動だけでハラスメントに該当することもあります。
 しかし、例②のような、その言動だけで判断が難しい場面も当然考えられ、その場合には、Bさん・Cさん・Dさんのそれぞれに関して「より具体的な事実を把握すること」が必要です。
 例えば、Bさんであれば次のようなことです。

・〇月〇日ほか、少なくとも半年間で10回は、30分以上にわたり大声で叱責された。
・誤字脱字が多い資料を提出し「お前なんか、会社に何の貢献していない」と怒鳴られた。
・相談窓口で「A係長が怖くて、毎日、夜眠れない」と悩みを打ち明けた。

 ハラスメントが陰湿に行われていると、このような事実関係を掘り起こすこと自体が難しいかもしれません。
しかし、日時・発言内容・頻度・程度などの「より具体的な事実を把握すること」が、ハラスメント担当者には求められます。なぜなら、「~という事実がある、だから、A係長はハラスメントを行った」というためには、より具体的な事実が何よりの根拠となるからです。

 

 事実関係を正確に確認する上で、注意すべき「3つの落とし穴」

 しかし「より具体的な事実を把握すること」は、実はとても難しいことです。

 先ほどの「例②」に基づき、注意すべき内容を「3つの落とし穴」としてお伝えします。

 

~落とし穴①~「正義感」を強く持ち過ぎない。

 「A係長は、Bさん・Cさん・Dさんに対して、ハラスメントをするなんて許せない!」というようなことです。このような「正義感」を強く持ちすぎることは、『事実関係を見落とすこと』につながります。

 そのような場合、一つひとつの具体的な事実を把握するプロセスを省略し「A係長は、Bさん・Cさん・Dさんに対してハラスメントをしている」というように大雑把に捉えることにつながり、重要な事実関係を見落とす恐れがあります。
 例えば、A係長がCさんに対して「今、それどころではない」という発言が、残業をさせる意図ではなく、重要な会議が始まる直前だったかもしれません。他には、育児・介護休業法に示されている「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当し、労働者の請求を拒むことができる事情があったことも考えられます。

 

~落とし穴②~「同情心」を持ち出さない。

 「Bさんの仕事ぶりであれば、A係長が必要以上に強い指導をするのは仕方ない」というようなことです。このような「同情心」を持ち出すことは、『事実関係を見過ごすこと』につながります。

 「A係長に問題はない」と会社が判断することは、Bさんだけでなく、より大きな問題に発展してしまった場合に、A係長にとっても大きな不利益となります。先ほどBさんの例で示したようなパワハラと判断されるような具体的な事実が起こる前に、会社として早い段階でA係長に指導ができれば、A係長が懲戒を受けることなく問題を解決することにつながるのです。

 

~落とし穴③~最初から「知識・経験」にとらわれない。

 「A係長は、Bさんにパワハラ・Cさんにマタハラ(または、パタハラ)・Dさんにセクハラをしているはずだ」というようなことです。このように最初から「知識・経験」にとらわれることは、『事実関係を見誤ること』につながります。

 ハラスメントに関する知識・さまざまな経験などを積み重ねていくと「どのような職場環境でハラスメントが起こりやすいか」「どのようなタイプがハラスメントの加害者となりやすいか」といった傾向が見えてくるかもしれません。
しかし、もしA係長がハラスメント加害者となる傾向があったとしても、それは事実関係を正確に確認する場面においては関係がありません。むしろ、そのような知識・経験は「A係長はハラスメントをしているはずだ」という固定観念を生み出し、ハラスメントかどうかを判断するための事実関係を見誤ることにつながります。
 ハラスメントか否かという前に、大事なことは「より具体的な事実を把握し、問題を解決すること」です。
問題を解決する上で必要な場面となったときに、その知識・経験を最大限に生かしていきましょう。

 

プロフィール

ごとう人事労務事務所(https://gtjrj-hp.com
社会福祉士・社会保険労務士 後藤和之
昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。

約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの様々な業務に携わり、特に福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。現在は厚生労働省委託事業による中小企業の労務管理に関する相談・改善策提案などを中心に活動している。

 

 

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