【専門家の知恵】個人経営に従事する社長が「従業員の年金額」を増やす法

公開日:2023年10月5日

<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀信敬>


経営者が「従業員の将来の年金を増やしてやりたい」と考えたとき、従業員が厚生年金に加入しているのであれば、給与・賞与を増額することで実現が可能となる。しかしながら、個人経営の職場では従業員は必ずしも厚生年金に加入していないため、給与などを増やしても将来の年金が増額されるとは限らない。それでは、個人経営の社長が「従業員の将来の年金を増やしてやりたい」と考えたとき、どうすればその思いを実現できるのだろうか。

 

必ずしも厚生年金の対象にはならない個人経営の職場

法人の代表取締役が「頑張っている従業員に報いたい」と考えたとき、取り得る代表的な手法は支払う給与・賞与の額を増やすことであろう。その結果、従業員は現在の収入の増加だけでなく、将来の収入の増加という経済的恩恵をも享受することになる。在職中の給与や賞与の額が増えれば、厚生年金の老後の年金額も増えるのが通常だからである。

ところが、個人経営に従事する経営者が「頑張っている従業員に報いたい」と考えて給与・賞与の額を増やした場合には、従業員の現在の収入は増加するものの、将来の収入の増加に結び付くとは限らない。個人経営の職場は、必ずしも厚生年金の対象にはならないからである。

個人経営の場合、従業員数が5人未満の職場は『厚生年金の対象の職場』とはされないのが原則である。そのため、そのような職場で働く従業員は自身で国民年金に加入することとなり、年金上は自営業者や学生と同じ扱いになる。

そのような職場では、経営者がどんなに従業員の給与・賞与の額を引き上げたとしても、従業員の将来の年金額が増えることは一切ない。

 

経営者の意思で『厚生年金の対象の職場』に切り替えられる「任意適用」

ところが、従業員数5人未満の個人経営の職場でも、経営者が年金事務所に「職場を厚生年金の対象にしたい」と申請することにより、『厚生年金の対象の職場』に変更することが可能である。このような仕組みを、厚生年金の任意適用という。

具体例で考えてみよう。例えば、街中でよく見かける〇〇クリニック・〇〇医院などの個人経営の診療所は、従業員数が5人未満の場合には『厚生年金の対象の職場』にならないのが原則である。そのため、クリニックや医院に勤務する従業員は、自身で国民年金に加入しなければならない。

ところが、クリニックの経営者である医師が「コロナ禍にもかかわらず、ウチの従業員はよく頑張ってくれている。何とか将来、年金を少しでも多くもらえるようにしてあげたい」などと考えたとする。このような場合には、医師が年金事務所に「ウチのクリニックを厚生年金の対象にしたい」と申請すれば、自身のクリニックを『厚生年金の対象の職場』に切り替えることが可能になる。

その結果、クリニックの従業員は加入する年金制度が厚生年金に変わり、給与・賞与の額が増えれば、それに応じて厚生年金の老後の年金も増額されることになるのである。

 

任意適用の申請前に必須の保険料負担シミュレーション

ただし、厚生年金の任意適用を利用するには、いくつかの注意点が存在する。1番目の注意点は、任意適用により経営者の支出が増加することである。

厚生年金の保険料は、半額を会社が負担しなければならない。そのため、個人経営に従事する経営者の任意適用申請が認められると、経営者側が全従業員の厚生年金保険料の半分を毎月、支払わなければならなくなる。

「今月は資金繰りが厳しいから、保険料を負担しない」などのことは認められないため、任意適用の申請に当たっては資金繰り計画を綿密に練り、将来に渡って保険料負担を継続するだけの財務力があるのかを、事前によく見極める必要がある。

また、厚生年金の任意適用は、経営者に新たな経費負担を強いる仕組みのため、税金や社会保険料を適正に支払っていない経営者は利用ができないことになっている。具体的には、所得税・事業税・市町村民税・国民年金保険料・国民健康保険料の5つの費用について、過去1年間に不足なく支払っている事実を証明できなければ、任意適用の申請は行うことができない。

従って、任意適用を申請するに当たっては、過去1年間の税金・社会保険料の支出状況を確認しておくことも必要となる。

 

「手取り額の減少」を緩和するため、給与の増額も検討を

2番目の注意点は、従業員の給与額が従前どおりの場合には、任意適用後は給与の手取り額が減少することである。従業員が負担する厚生年金の保険料は、給与の支払い時に天引きしなければならないからである。

「給与の手取り額が減るのであれば、厚生年金には入りたくない」と考える従業員は少なくない。そのため、厚生年金の任意適用は、従業員の半数以上の同意がなければ申請が受け付けられない仕組みになっている。

従って、従業員に任意適用の申請に同意してもらうため、申請に合わせて従業員の給与を増額し、手取り額の減少を緩和するなどの工夫も必要になるであろう。

なお、仮に従業員数5人未満の個人経営の職場が、任意適用によって『厚生年金の対象の職場』に変更されたとしても、個人事業主である経営者自身は厚生年金に加入できない。厚生年金に入れるのはあくまで従業員だけであるため、「任意適用が認められれば、経営者である自分も厚生年金に入れる」などと誤解をしないように注意していただきたい。

《参考》
日本年金機構ウェブサイト:任意適用申請の手続き
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150310.html

 

プロフィール

コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬

(組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)

コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表

中小企業の経営支援団体にて各種マネジメント業務に従事した後、組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・組織の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員。

 

 

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