【専門家の知恵】就業調整の実態とその影響について、企業がパートタイム労働者に伝えるべきこと

公開日:2023年11月30日

<社会保険労務士法人  出口事務所 代表社員 出口裕美/PSR会員>

厚生労働省「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査」によると、配偶者のいる女性パートタイム労働者の21.8%は、税制、社会保障制度、配偶者の勤務先で支給される「配偶者手当」などを意識し、その年収を一定額以下に抑えるために就労時間を調整する「就業調整」を行っているようです。

就業調整が行われていることにより、企業にとってさまざまな影響が生じていますが、パートタイム労働者は、「損しない働き方」「働き損」を考えることで、逆に「損」をしたり、機会損失をしていないでしょうか。そのような就業調整について、企業がパートタイム労働者に伝えるべきことは何でしょうか。

 

「損しない働き方」「働き損」と、なぜ言われるのか

就業調整の理由として、配偶者のいる女性パートタイム労働者のうち、就業調整をしている人が就業調整をする理由には、以下のようなものがあります。

就業調整をする理由 割合(複数回答)
①一定額(130万円)を超えると配偶者の健康保険、厚生年金保険の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから 57.3%
②自分の所得税の非課税限度額(103万円)を超えると税金を支払わなければならないから 49.6%
③一定額を超えると配偶者の税制上の配偶者控除が無くなり、配偶者特別控除が少なくなるから  36.4%
④一定額を超えると配偶者の会社の配偶者手当がもらえなくなるから  15.4%

「①一定額(130万円)を超えると配偶者の健康保険、厚生年金保険の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」とありますが、自分で健康保険や厚生年金保険の被保険者になれば、健康保険の給付や将来の厚生年金の受給額が増えます。年金には、年を取ったときの老齢年金、障害になったときの障害年金、死亡したときの遺族年金がありますが、将来の年金受給額を増やすことは、将来の生活が安定するのではないでしょうか。

「②自分の所得税の非課税限度額(103万円)を超えると税金を支払わなければならないから」「③一定額を超えると配偶者の税制上の配偶者控除が無くなり、配偶者特別控除が少なくなるから」とありますが、税制改正による配偶者控除等の見直しにより、収入103万円を超えると所得税負担は発生しますが、世帯全体(夫+妻)の手取り収入は増加する仕組みになっています。  

「④一定額を超えると配偶者の会社の配偶者手当がもらえなくなるから」とありますが、これは、配偶者手当がいくらかによって影響は異なりますが、厚生労働省が女性の活躍を促進していくために、「「配偶者手当」の在り方について 企業の実情も踏まえた検討をお願いします」と配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直しを進められています。

 

「損しない働き方」「働き損」は、「損」ではなく、「機会の損失」であるということ

毎年、最低賃金が改定されています。例えば、東京都の令和5年度は1,113円で、令和4年度は1,072円と1年あたり41円アップしています。企業の経営者は、給料を昇給すると言っても「労働時間を調整しないといけないので困ります」とパートタイム労働者の方は喜ばない。または、賞与を支給すると言っても「年収が一定額を増えてしまうので困ります」と辞退されると悩んでいます。企業の経営者は、評価をしても、賞与を支給しても本人の嬉しそうではない状況に、せっかくの機会も無駄に感じてしまっているのではないでしょうか。

年収が上がり、所得税の負担や社会保険負担が増える一方で、「収入調整が不要となり、思いっきり収入を増やせる。」「勤務時間が増え、正社員登用の可能性がある。」「社会保険に加入したことで、将来もらえる年金額が増えたり、出産手当金や傷病手当金の給付対象になる。」など多くのメリットがあります。
それらの機会を損失してはいませんでしょうか。

就業調整をしている人は、単に「手取り額を基準」にしていますが、ぜひ、今の手取り額だけでなく、社会保険加入によるメリットなど、自分の将来も含めて「損」しない働き方を選んでいただき、せっかくの「機会を損失」しないようにしていただければと思います。

 

就業調整の実態とその影響について、企業がパートタイム労働者に伝えるべきこと

企業はパートタイム労働者と将来の働き方について、話し合ってみてはいかがでしょうか。上記の内容を理解していない可能性もあります。

ただ、企業は繁忙期である年末の人材確保に苦慮していること。他の正社員など、同じ職場の労働者の負担が増えていること。パートタイム労働者の持てる能力を十分に発揮できない要因の1つとなっていること。これらのことを考慮し、今後どのような働き方を希望するのかを話し合っていただき、状況によっては、今後の契約の内容を見直しする提案をされてはいかがでしょうか。

ぜひ、多様な人材の能力を最大限発揮できる、従業員のモチベーションを高める企業にしていただければ幸いです。

 

参考資料:厚生労働省「「配偶者手当」の在り方の検討に向けて」
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001040024.pdf

 

プロフィール

出口裕美 
社会保険労務士法人  出口事務所(https://www.deguchi-office.com/
代表社員  特定社会保険労務士

2004年に社会保険労務士事務所を開業。出産を機に、育児と仕事の両立のためテレワーク(在宅勤務)を開始。2014年に社会保険労務士法人出口事務所に法人化。2017年にテレワーク(サテライトオフィス勤務)を開始。2020年に新型コロナウイルスの取り組みの様子をメディアにて紹介。
経営者と社員が継続的に安心して働ける環境を構築するため、インターンシップ、ダイバーシティ(雇用の多様化)、テレワーク、業務管理システム等を積極的に導入し、また企業への導入支援コンサルタントとしても活動中

 

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