2025年の税制改正の一環で、所得税の103万円の壁が引き上げられることが決まりました。
これにより、これまで年収を103万円以下になるよう就業調整をしていた従業員からの新たな就業調整の相談や、企業側から従業員への新たな働き方の提案も増えていくことと思います。
そこで今回は、103万円の壁の引き上げに伴う就業調整時の注意点を解説します。
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パートタイム労働者の就業調整の実態
野村総合研究所が実施した「有配偶パート女性の就労の実態と意向に関する調査」によると、年収を一定額以下に抑えるために就業調整をしている人は58.3%いるそうです。就業調整の理由は、「配偶者の社会保険の被扶養者でいるため」が最も多いですが、「自身の収入に所得税・住民税がかからないようにするため」、「配偶者控除を受けられるようにするため」等、いくつもある年収の壁が就業調整を引き起こしていることがわかります。
同調査で興味深いのは、「年収の壁が引き上げられた場合にどうしたいか」の調査結果で、就業調整している人の48.1%が「時給の高い仕事に転職したい」と回答しています。年収の壁が引き上げられたとき、「労働時間を長くする」以外にも「時給を上げる」方法でも年収を上げることができ、現在就業調整をしている人のうち実に半数近い人が転職も視野に入れているわけです。
年収の壁の引き上げは、労働力の確保に寄与すると言われていますが、一方で、優秀な人材の流出にも繋がり得ることがわかります。
- データ出典:株式会社野村総合研究所「有配偶パート女性の就労の実態と意向に関する調査」
年収の壁の引き上げによる就業調整で企業が注意すべきこと
年収の壁の引き上げにより、労働者から就業調整の相談・交渉等が想定されます。企業は次のような点に注意する必要があります。
<複数ある年収の壁の配慮>
いわゆる「年収の壁」と呼ばれるものは、1つではありません。住民税、所得税、社会保険の被扶養者、配偶者控除等、多岐にわたります。また、配偶者の勤務先で配偶者手当や扶養手当が出る場合、企業独自の年収要件が定められていることもあります。1つの壁だけを配慮して就業調整を行おうとすると、結果、手取りが減ってしまうこともあり得ます。
<配偶者手当・扶養手当の見直し>
企業独自の手当として「配偶者手当」や「扶養手当」があり、対象者の年収要件を定めている場合には、年収の壁の引き上げに合わせ、要件の年収額を見直すことを推奨します。年収要件を撤廃するのも一案です。
<社会保険・雇用保険の加入>
社会保険と雇用保険には加入要件が定められており、要件の1つに週の所定労働時間があります。労働時間を増やす場合には、加入要件を満たすかを必ず確認し、資格取得の手続き漏れがないよう気をつけましょう。
社会保険・雇用保険はいずれも、加入することで保険料は発生してしまいますが、各種給付金や失業時の手当等、得られるメリットも少なくありません。企業から加入を避けさせるような説明はしないようにしてください。
<年次有給休暇の付与日数>
年次有給休暇の付与日数は、週の労働日数(あるいは年間労働日数)によって付与日数が分かれています。そのため、労働日数を増やす場合には年次有給休暇の日数も変更されます。ただし、付与日時点の労働日数に応じた休暇日数を付与すればよいので、労働日数が変わったタイミングでは何もする必要はありません。例えば週3日勤務から週4日勤務へ変更する場合、変更したタイミングで年次有給休暇を追加する必要はなく、次の付与日から週4日勤務用の付与ルールを適用すれば問題ありません。
<他の従業員との賃金バランスの配慮>
先の調査結果の通り、労働時間を増やすだけでなく時給を上げることも、年収の壁引き上げに伴う対応の1つです。時給を上げることで人材流出も防ぐことができるでしょう。
年収の壁に関する対応に限らず賃上げ全般で見られることですが、一部の人の賃金を上げることで、他の人との賃金差が小さくなる、賃金が逆転する等の現象が起こることがあります。賃金が上がった人のモチベーションは上がりますが、逆に賃金が上がらない人のモチベーションは下がります。年収の壁の引き上げに伴い、パート勤務の方の時給を上げる場合には、他の従業員との賃金バランスも考えることが大切です。
<人件費増加を念頭に置く>
ここまで見てきたように、年収の壁の引き上げに伴う対応には、人件費が増えることが想定されます。時給を上げる場合には時間外勤務の計算の単価も当然上がりますし、年次有給休暇の日数の増加、雇用保険・社会保険料の企業負担等、労働条件の見直しの範囲によっては企業の負担が大きく増加することも考えられます。
さらに、年収の壁が引き上げられることで、年末調整の対応をはじめ、新しい雇用契約書の作成や時給アップのシミュレーション、従業員からの問い合わせ対応等、人事担当者の負担が増える=人件費もかかることも念頭に置いておくべきでしょう。よくある質問やFAQの資料を作成しておく、外部の専門家に頼る等、人事担当者の負荷軽減策も同時に検討したいものです。
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プロフィール
特定社会保険労務士 内川真彩美
いろどり社会保険労務士事務所(https://www.irodori-sr.com/)代表
成蹊大学法学部卒業。大学在学中は、外国人やパートタイマーの労働問題を研究し、卒業以降も、誰もが生き生きと働ける仕組みへの関心を持ち続ける。大学卒業後は約8年半、IT企業にてシステムエンジニアとしてシステム開発に従事。その中で、「自分らしく働くこと」について改めて深く考えさせられ、「働き方」のプロである社会保険労務士を目指し、今に至る。前職での経験を活かし、フレックスタイム制やテレワークといった多様な働き方のための制度設計はもちろん、誰もが個性を発揮できるような組織作りにも積極的に取り組んでいる。
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